その17 実力の証明

 早朝に会った後から、ってことか。

 クラスが違うために授業の合間の休み時間に会うことはないし、昼休みも今日はニヨがいたため人を避けていた。

 噂が広がり始めたので生徒会メンバーとの接触も控えていた。

 そのため、今日は生徒会室には向かっていない。


 向かっていれば気づいていたかもしれない。

 誰か一人とでもメンバーと連絡を取っていれば分かっていたかもしれない。

 副会長がずっと俺の傍にいたってことは、今日は学校を休んでいることになるのだから。


 今なら分かる。

 有塚の言葉が。

 ……お大事にって、そういうことかよ。


 あいつ、もっとちゃんと踏み込んで言えよ。

 しかも去り際に一言で終わらすな。


 有塚だって、まさか副会長が透明化しているとは思えないか……。


「会長、答えてください」


 副会長が距離を詰めてくる。

 自然と後ろへ下がりかけた足を、なんとか元に戻した。


「な、なんだ……?」


「私は会長に憧れていました。学校で勉強し、家に帰ってもずっと勉強して、睡眠時間も削って、友達と遊びもしないでただひたすら勉強を続けてきた私よりも、会長はテストの点数が上でした。初めてだったんです、私よりも勉強ができる人を見るのは。膨大な時間を使っても追い抜けない、そんな会長はどれくらい、そしてどんな勉強方法をしているのか……。会長は、私の目標だったんです」


 副会長がさらに距離を詰めてきた。

 大きな彼女の胸が俺の体に触れる。


「これまでずっと、騙していたんですか……? 入学してからずっと満点だったのは、今日みたいに力を使って問題を解いていたからなんですかッ!!」


「う……っ」


 今まで俺を立ててくれていた副会長が初めて、俺を責める目を向けてくる。

 誤魔化す言葉が出てこなかった。


 たとえここで力を使って乗り切れても、結城の前だ、意味がない。

 副会長を取り戻すのは、もう無理だと諦めるしかない状況だ。


 それでも、俺は僅かな希望にすがってニヨを見た。


「……良ちゃん…………」


 ニヨは目を伏せた。

 ……本当に期待をしていたわけじゃない。

 でも、お姉ちゃんでも、無理なんだ。


 すると、副会長が緊張していた体を脱力させた。


「会長、もう分かりました」

「え……」


 副会長が俺の隣を通り過ぎ、生徒会室のドアノブに手をかけた。


「いつも通りに生徒会をおこないましょう。私たちがこうしてトラブルを抱えていても仕事は溜まっていきますから。……生徒会体験をするんでしょ? ホランも、早く」

「はーい」


 副会長と結城が生徒会室へ入って行く。

 扉が閉まり、廊下には俺とニヨだけが残った。


 ニヨが俺を見上げ、


「良ちゃん、これからどうす――」


 だが、ニヨどころではなかった。


「どうする、どうすればいい……このままじゃ、今の立場を失っちまう!」


 幸い、ばれているのは副会長だけだ。

 しかし、あっという間に広められてしまう可能性はじゅうぶんにある。

 だけど、それを止める術が思いつかない。


「元を辿れば、結城さえ、こなければ……ッ!」


 俺は無事に卒業して大企業に就職し、将来、安泰な生活ができたのに……ッ。

 副会長をこちらに引き込めば……、

 だけど結城が黙っちゃいないだろう。


 まずは結城を学園から追い出すしかない。

 違う、これじゃあ振り出しに戻っただけだ。


 これまでなんでもできる力が手元にあったからこそ感じなかった、危機感。

 しかし初めて、俺は力があってもどうしようもできない袋小路にはまってしまったと自覚した。


「……良ちゃん、ごめんね」


 自分のことで精一杯で、ニヨになにも返せなかった。



 答えを出せないまま翌日になった。

 予定では、ニヨが正式に転入してくることになっている。


 学年が違うので、昨日とは違って完全に別行動だ。

 端末は俺が持っているため、ニヨは力を使わずに学園生活を過ごさなければならない。

 有塚みたいに聡い奴もいるから、侵略者だってぼろを出さなければいいけど……。


「あ、会長さん。重役出勤すか」

「別に遅くないだろ、普通の時間だ」

「いつもはもっと早いらしいすよね」


 昨日、放課後の生徒会にはこなかったため、久しぶりに会ったような感覚だ。

 猪上が俺の隣に並んで歩く。


「昨日はどうしたんだ?」

「副会長さんに頼まれて別の仕事をしてましたよ? 聞いてないすか? もしかしてケンカでもしてます?」


 喧嘩、か。

 そういうことになるんだろうか。

 確かに、俺は副会長の信頼を裏切った。

 向こうが怒るのは当たり前だ。


「……かもな」

「早く謝った方がいいすよ。生徒会でぎくしゃくするのはイヤですし」


 言っている本人が太田とすぐに喧嘩しているのはどうなんだろうか。

 そう言えば太田も昨日は顔を出さなかったな。

 猪上と同じで別の仕事をしていたのか?


「会長さん、こっちっすよ」

「おいおい、どこに連れて行こうってんだ? 体育館……なんて部活動で一部の生徒か体育の授業でしか使わないじゃねえか」


 今日は朝礼じゃない。

 それに全校生徒が入らないため、各自教室に設置されてあるモニターに放送する形式を取っている。

 体育館に生徒を詰め込んで先生の長話を聞かせる古い習慣は、この学園ではもうなくなっている。


 だから機会がなければ体育館になどほとんどこなかった。


「会長さんが主役っすからね」

「……俺が?」


 体育館には学園全体を考えれば少ないが、それでも収容人数ぎりぎりの生徒がいる。

 知っている顔が多いのは、委員会や部活動でよく代表として表に出されることが多い生徒ばかりだからだろう。


 数人の先生が脇におり、テレビ局などでよく見る大きなカメラが数台設置されていた。


「連れてきました」


 全員の視線が俺に集中した。

 ……不信感は変わらず、か。

 一日経った程度で昨日の不穏な空気ががらりと変わるわけもない。


 人の噂も……忘れたが、二ヶ月くらいだったはずだしな。


「会長、こちらへ」


 舞台に立っている副会長がマイクを使って俺を誘う。

 俺は事前になにも聞かされていない。

 明らかに、好意的なサプライズではないな。


 意図的に開けられた細いスペース。

 それが舞台に繋がっているが、俺には舞台の上に処刑台があるようにしか思えなかった。


「会長、ほらほら!」


 そう背中を押してくる猪上に促され、舞台袖の階段まできてしまった。

 今更、引き返すこともできない。

 それに、体育館に入った時点で、引き返すことは舞台に立たなくとも死を意味すると俺の直感が答えを掴み取っていた。


 上がるしかねえ。

 まだ可能性はある。

 俺の誕生日を祝うサプライズかもしれないんだ、期待は捨てない。


 とっくに過ぎているか、まだまだ先ならばまだしも、二週間前に迎えたばかりだ。

 まったくない可能性でもない。


 階段を登り切って、舞台の上に立つ。

 見渡してみたが、結城の姿を見つけることはできなかった。


 あの目立つ赤髪ならすぐに見つけられると思ったんだがな……。


「会長、朝から申し訳ありません。ですが、真に遺憾ながら会長にテストや成績に関する不正疑惑が浮上していますので、失礼を承知ですが、この場で証明してもらえないかと」


「……え、は?」


「この学園に通っている者であれば、たとえ成績下層にいる生徒でも当たり前に解けるような問題しか用意していません。毎回、満点一位を取っている会長には簡単過ぎるものではありますが、少々、私たちの愚行にお付き合いをしていただければと思います」


 付き合い切れんな、そう言って退場しようとしても無理だろう。

 疑惑がさらに膨らむだけだ。


「会長なら、三分もかからない問題だらけです。全校生徒を黙らせる学力を、生徒会長としての威厳を、あなたを信頼してもいいという説得力を、示してください」

「魔女狩りかよ……っ」


 副会長がマイクの電源を切った。


「あながち、間違いでもないでしょう」

「……こんなことして、どうすんだよ。お前はだって、もう気づいてんだろ?」

「なんのことですか?」


「……こんな公開処刑をするなんて、悪趣味な奴だ……」

「ッ、私は!!」


 マイクの電源を切っていて正解だった。

 もしも電源が入ったままであれば、今の副会長の声は全員の鼓膜を思い切り揺さぶっていたであろう声量だった。


 副会長の叫びに、生徒たちがざわざわと平静ではいられなくなっている。

 マイクの電源を入れ、咳払いをし、副会長が再び場を仕切り直した。


「失礼しました。……会長、教壇の前に立ってください」


 自然な流れだったので、あっという間に場が整えられてしまった。

 教壇の上には問題用紙が十枚ほど。


 そして後ろを向けば、大型モニターには問題用紙を見下ろす定点カメラの映像が映されている。

 前三方向からのカメラ以外にも、舞台袖や後ろなど、俺を八方向から映すカメラがあり、怪しげな動きをすればすぐさま捉えられてしまうだろう。


 カメラがなかったとしても、集まった生徒たちの目がカメラの役割を果たすはずだ。

 不正なんてできっこない。

 その上で、証明しろと言っている。


 成績第一位の実力を。


「…………」

「これも預かっておきますね」


 俺の制服のポケットから、ニヨから渡された端末を抜き取られた。

 スマホなどの個人の所有物も全て、一つにまとめて袋の中に収められてしまう。


 刻々と、喉元に刃が迫ってきている。

 熱気がこもる体育館にいるせいだ。

 じっとりと、汗が出てきた。


「設備も追加し、いくらか体育館の環境も改善されましたが、そこまで汗をかくほど気温は高くはないはずですよ? ……どうしますか、問題があれば場を変えますよ?」

「いや……」


 反射的に言ってから、変えてもらえば良かったと後悔した。

 逃げられるわけではないが、それでも先延ばしにしたかった。

 単純に今の状況に耐えられなかったのだ。


 教卓にペンが置かれた。

 握れば始まる。


「準備はできましたか?」


 耳元で言われた一言に驚き、俺は慌ててペンを取ってしまった。


「あっ……」

「それでは、会長、お願いしますね?」


 俺の首を狙うギロチンが、最高点に到達した。

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