第7話 サプライズ
「重明くん!」
「あ。真愛さん。ごめん。公園離れて」
公園に戻ると、真愛さんが慌てた様子でキョロキョロしていた。当然だろう。メッセージしたとは言え。不安になる筈だ。
「いや、メッセ貰ってたから良いけどさ。どしたの?」
「……母さんが、鍵忘れて出てたみたいで。開けてたんだ。で、優愛を置いてもいけないから」
「……そ。良かった~。ていうか重明くんのお家、やっぱ近いんだね」
「まあね」
真愛さんの声が。とても心地よい。母さんの声を聞いた後だから、余計に感じるのかもしれないけど。
「まあ確かに、ずっと公園に居るのも暇だよね。うん」
「真愛さん?」
「別にさ。喫茶店とか。なんか他の公園とか。無理の無い範囲でなら良いからね? ま、優愛が移動したいかどうかだけど」
「あー……。まあ、たまには気分転換も良いかもね。時間が微妙だけど」
「そうだよねぇ。この辺は大丈夫だけど、ちょっと繁華街行くと補導されそうだよね」
そんな話をしたけれど、優愛が言い出すまでは僕は公園から離れるつもりは殆ど無いと言って良い。この公園は人が少ないから居心地が良いんだ。子供も遊んでない。ジョギングの人が定期的に通る程度なんだ。
——
——
帰ると、母さんは寝室だ。僕は無言でリビングへ行って、いつものカップ麺。
誰も家に居ない時に限って『ただいま』を言って、母さんが居ると無言。
「あら起きちゃった。ごめんねえ。ほーらほら」
母さんの心内は、僕には分からない。ただ事実として、僕より弟の悠太を可愛がっていて。
父さんに隠れて不倫をしていて。
僕と悠太を会わせないようにしていて。
『うるさい』
ピコン、と。母さんからのメッセージ。僕が帰宅したことで、悠太が起きたのだろう。
悠太は1歳だ。歩き始めたくらいで、まだまだ目が離せない。
んだけど。母さんはその子育てと不倫を両立している。
相手の男は、悠太も可愛がっているんだろうか。そんな気はする。
『やっほ(^-^)/
もうすぐ夏休みだよね(>.<)
わたしのバイトは変わらないんだけど、頼んじゃってほんとに良いの?』
ピコン。
また母さんかと思って見ると、真愛さんからだった。この時間に来るということは、今日は『こーちゃん』とは会っていないのか。
なんにせよ、沈んでた気持ちは上がっていく。
『特に予定とか無いから大丈夫
優愛と遊ぶの楽しいし』
『ありがとー!(T-T)
お礼はさせてね!
3人でどっか遊びいきたいね!(^з^)-☆』
返信は速攻で来る。それも嬉しい。
普段は、真愛さんの休みが土日とは限らないから、運良く被らないと遊べない。でも僕が夏休みなら、予定は真愛さんに合わせられるんだ。
——
——
そして。7月21日。終業式。午前で終わって、僕は17時まで暇になる。
「…………」
クラスに遊ぶような友達は居ない。部活もやってない。家に帰っても誰も居らず、何も無い。
「……僕の世界は、真愛さんと優愛だけだ」
言葉にして呟いたけど。でもそれは、悪い気分じゃなかった。正直満たされていた。真愛さんと、優愛だけ居れば。僕は何も望まない。
何時間も早く、公園に着く。スマホは、イヤホンも携帯充電器も持ってきてる。音楽を聴きながら、ネット小説を読む。これが趣味だ。自販機で、いつもは買わない炭酸を買って。あずまやへ向かう。スマホさえあれば、いくらでも時間を潰せる。なんなら宿題もできるし、どうせならふたりと遊ぶ場所なんかを調べていようかな。
——
待つ時間は、なんだか遅く流れる気がする。時計を確認する頻度が高くなる。
「おにいちゃん!」
「わっ」
それでも、急に目の前に現れたら驚いてしまう。僕の慌てる様子を見て、優愛はけらけらと笑っていた。
「あはは。びっくりしすぎ重明くん」
17時06分。今日は早い方だけど、僕の方が早かった。何時間もね。
「ねえ、晩御飯食べない? お腹空いてる?」
「えっ?」
いつもなら。ここで優愛を預かって、真愛さんはパチンコ屋さんに向かう所だけど。
「今日ね。店休日なんだ。だから今日はもう終わり。入替えって言ってね。パチンコ台を新作のやつに替えるんだ。わたしは戦力外だから、出勤じゃないの」
「戦力外?」
「パチンコ台って、めっちゃ重いんだよ。わたしより重いんだから。そんなの運べないの」
「……そうなんだ」
真愛さんは、嬉しそうにそれを話した。まるでサプライズプレゼントを渡す時のように。
正に。サプライズだ。
「時間、あるよね?」
「あるよ」
「やたっ。じゃ、どうしよっか。どっか行く? それともウチで食べる?」
これも、夏休みの効果だろうか。普段は、なかなか合わないんだ。予定が。パチンコ屋さんは土日が混むから、シフトは入れられやすいから。真愛さんが僕の休みと被ることは殆ど無い。
「うーん……」
正直に言うと。
真愛さんの料理を食べたい。けど。それでまた、彼氏に見付かったら今度こそ危ないかもしれないと思ってる。僕は別に真愛さんの浮気相手ではないけど。相手からしたらそう見えても不思議じゃないから。
「優愛は?」
「おなかすいた!」
「あははっ。いや、だからね。何を食べようかって」
「まあ、無難にファミレスで」
「えー。良いの? 別に作るよ? 姉ご飯?」
「……たまには、真愛さんも休もうよ。料理に食器洗いに片付けに。家に帰ってもいつも大変なんだから」
「えー。わーい。その大変さが分かるかね。その若さでっ。……でもね、わたしが作りたいから、ウチでっ」
僕だって、その大変さを味わっているから。
「分かった。じゃあお邪魔します」
とは、言わないけど。
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