村の儀式

ボラギノール上人

第1話

「来て頂けたんですね。」

 強い雨が降る崖の上で立つ男に、一人の男が向かってくる。

 呼び出された男は渡辺と言って、最近この村に引っ越して来たまだ40代程だろうか、人当たりが良く村の人間たちからも受け入れられてる者だった。

 どうやら娘と一緒に引っ越してきたらしく、なんでも家で出来る仕事なので住む場所はどこでも良く、それなら景色が良く自然の多いところが良いと思ったそうだ。

 しかし、まだ村人の誰もがその娘をまだ見たことが無かった。

「この村に引っ越されて早々、私達の村の儀式に巻き込んでしまって申し訳ない。」


 私達の村は海と川に囲まれていて、隣町へ続く道も一本しかないような、行ってしまえば辺鄙な村だ。そして、何より遥か昔から、水害が多かった。このような村では一度水害が起きてしまえばもうひとたまりもない。数百年前、苦肉の策なのか生贄を捧げる事にした。そして、悲しいことにそれが今でも続いているのだ。

「しかし、もう今は若いものは皆村を出ていき、生贄として神様に捧げられる若い娘がもうおらんのです。ここ数年は代わりに村の者の一番大事な物を捧げてきましたが、いよいよそれでは済まなくなってきています。」

 大雨が降り続いて数日が経ち、このままではあと何日かで川が氾濫してしまうところまで来てしまった。私は村長であり、儀式を司ってもいた。渡辺さんにはまだ誰も見ていないものの、娘がいる事は知っていたので、藁にも縋る思いで事情を話しに行ったのだった。それが昨日の事だ。

「それは、昨日お話を伺って分かりました。とても辛いですが仕方ありません。娘とも話し合い納得してくれました。」

「ありがとうございます。本当に申し訳ない。では儀式を始めてもよろしいでしょうか。」

「分かりました。今、娘を連れてきます。」


 渡辺さんは、ここへ一人で来ていた。これまで誰も見たことが無くて、そして今も娘はいない。もしかして本当は…と疑ってはいたのだが、連れてくるという言葉を聞いて少しホッとした。

 疑ってしまった罪悪感を感じながら戻ってくるのを待っていると、渡辺さんが娘を抱えて戻ってきて、私の前に娘を座らせた。


「あの…すみません。これは…。」

「娘のリホです。」

「え…。」

「ですから、娘のリホです。」

「いやいやいや…ふざけないでください。」

「ふざけてはいません、妻が死んでから一人で育てた僕の可愛い一人娘です。」

「あの…これは…。人形ですよね?」

 そう言うと、渡辺さんはそれまで無表情であった顔がみるみる赤くなって、声を荒げた。

「人形ではありません!!これはラブドールです!!」

「ラブドールかなにかは知りませんけど、人形は人形でしょう?」

「いいですか。ラブドールとは、主に男性がセックスを擬似的に楽しむための実物の女性に近い形状の人形。ダッチワイフと呼ばれる同様の目的で作られた人形の一種で、特に皮膚に相当する部分がシリコーンなどで作られ感触や形状が実物の女性に近い高価な人形を指す。」

「なんで急にウィキペディアみたいな喋り方してるんですか!そもそもそんな用途の物が娘ってなんなんですか!」

 私が余りにも良く分からない状況に思わず叫ぶと、渡辺さんはスッと無表情になり、数秒の間をおいて私の目をしっかりと見つめて言った。


「僕は誓って何もしていません。娘として大切に育ててきました。本当です、信じて下さい。」

「……。いや、逆に怪しいんですよ!もうどうするんですか!この村は今一大事なんです、この大雨で隣町への唯一の道も土砂崩れで塞がってしまいました!この村の食糧だってそろそろ尽きそうなんです!」

「だから、リホを連れてきました。私ももう決心がついています。」

「ですから、生贄として捧げるのは、生きている若い生娘であると決まっているんです!このままでは儀式はできません!」

「生娘…分かりました…少しお待ちください…。」


 渡辺さんは、座っていたラブドールを立たせた後、リュックサックを下ろして中をガサゴソと探して、中からプルプルした棒状の物を取り出した。

 そして、ラブドールの股から同じような棒状の物を取り出して、リュックから取り出した方を差し込んだ。


「いや、オナホール変えただけじゃねえか!!」

「これは新品なので生娘と言えると思いますが。」

「そういうことじゃないんですよ!!というかやっぱヤることヤってんじゃねえかよ!!」

「まあ…あの…そういう用途なので…。」

「最初の信じて下さいってなんだったんだよ!娘として大切に育ててきたっていうのは!」

「そういう設定でやっているということですね。」

「おっかねえよなんだこいつ!」

 本当にどうすればいいんだ、まさか久しぶりに引っ越してきた住民がまさかこんなに変態だったとは…。


「もう分かりました!じゃあ、ラブドールは一旦止めて、違うものにしましょう。最初にお話しした通り、貴方の一番大事な物にします。何かございますか?」

「大事な物とは、例えば?」

「そうですね、一族に伝わる家宝とか…先ほど妻に先立たれたとおっしゃってましたね?そういう形見ですとか…。そういうもので神様への誠意を見せるという訳です。」

「家宝…形見…。」

 少し考えるそぶりを見せていたが、渡辺さんはすぐに目を輝かせながら告げた。

「あ、ありました。」

 良かった…。これで儀式はとりあえず行えるだろう。最低限目的は達成される。本当にどうなることかと思ったが…。

「それはリホですね。いや、元々はですね、妻が買ってくれましてね、家はなかなか子供が出来なかったものですからね、あ、この服は妻と一緒に買った物なんですけどね、こう、見てるうちにあれもいいこれもいいってなっちゃって一気に買いすぎたもんでね、これじゃ親バカだなんて笑ったりしまして、これが目に入れても痛くないって感じかーとね、いやいや…フフッ…グフフッ…そりゃ実際にはそんなこと出来ないわけなんですけども…フッ…フフッ…まあそれでですね、もう長いこと着てるもんですからそろそろ新しい服も買ってあげたいんですけど、僕は元々妻にも貴方はセンスが無いねなんて言われていたくらいですから喜んでくれるかなって心配になっちゃいましてね、これもシングルファザーの辛いところかなんて思って」

「もう怖い怖い!急にめっちゃ喋る!経緯がシリアスなだけに実際はヤってるのが本当に怖いよ!」


 一体これはなんなんだ、崖の上で男が二人ビショビショに濡れたラブドールを挟んで会話している。そして渡辺さんはそのラブドールを自分の娘だと言い張った上に色々と事に及んでいるらしい。私にはこの状況の方が恐ろしく思えた。

「もう…本当にどうするんですか…。」

 頭を抱えながら膝から崩れ落ちた私は、ここでふと昔聞いた話を思い出した。

「いや、待てよ…そういえば、あの諸葛亮は川の氾濫を止めるための生贄の儀式をやめさせる為に、練った小麦粉で肉を包み人の頭に見立てて捧げたところ、氾濫が収まったという…。もしかしたら…。」

 そうだ、私だって本音を言えばもうこんな儀式は止めたいのだ。私は、村をどうにかしたいと思っていた余り、おかしくなっていた。もし渡辺さんが連れてきたのが本当の、人間の娘だったなら、もうすでに崖から落ちてもらって儀式は終わっていただろう。危うく私は人殺しになっていたかもしれないのだ。渡辺さんは完全に変態で、正直結構気持ち悪いがそれはまた別の話で、これはこの村に伝わる悪しき風習を終える絶好の機会なのだ。

「変態…いや、お父さん!本当に申し訳ないがラブドールで儀式、やりましょう!成功するかもしれません!お願いいたします!」


 私が土下座すると、顔を上げて下さいと渡辺さんの声が聞こえた。

 言われた通りにすると、渡辺さんはとても凛々しい顔で、そしてその目から一筋の涙が零れていた。

 私が凛々しくても変態なんだよなと思っていると、彼は言った。

「分かりました、先ほども言いましたが決心はついています。儀式の成功を祈ります。まあ僕はもう性交できなくなってしまうわけですが。」

「はい、ではもう始めます。」

 変態の事を無視して、儀式の段取りも無視してラブドールを崖から投げ捨てた。

 ラブドールは崖にぶつかりながら、ぐにゃんぐにゃん体を曲げて落ちていきやがて荒れて増水した川の中へと消えていった。

 渡辺さんは号泣しながら、ラブドールが消えた先の川へ向かって叫んだ。

「おーい!神様!そのオナホールは洗って繰り返し使えるタイプだ!ちゃんと手入れすれば一年は使えるぞーっ!」

 そう叫んだ後、渡辺さんは地面に崩れ落ち泣き続けた。私はその肩をさすりながら、なんだこれと思った。


 その後雨はピタリとやんだ。

 そして、この村では数日に一度、川の一部分が白く濁る現象が発生し、儀式は一年に一度、新品のオナホールを投げ入れる、というものに変わったという。

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村の儀式 ボラギノール上人 @shiki1409

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