第10話

 しかし、寝間着にショート丈のドレスか。

 この村では聞いた事ないし、見たこともない。

 街ではそれが流行っているのだろうな。

 ドレス好きな俺には嬉しいが、寝難いんじゃないか?それ。


 自室に戻った俺は、先にベットに横たわる妹を見て、そう思った。

 純白の薄手の生地で作られたドレス。

 くびれを強調したデザインで、妹の身体によく沿っている。


 「それで寝るのか?」

 「そうだよ!可愛い?」


 ドレスの裾を持ち上げ、可愛さをアピールするプリシラ。


 「あぁ、良く似合っている。でも、寝難くいんじゃないか?」

 「えへへっ!大丈夫だよ?我慢するから!」


 我慢?

 何故、我慢してまで着なきゃいけないんだ?


 「何でーー」


 そう言いかけて、ハッと気がついた。

 そうやって我慢するのが、街ではオシャレな事なのだろうと。

 プリシラは女の子だ。

 ファッションに興味を持ったとしても、不思議ではない。


 プリシラが気に入って着ているんだ。

 これ以上問いかけるのは、無粋だな。


 「どうしたの?お兄ちゃん」

 「いや、何でもない。しかし、本当に一緒に寝るのか?」


 一応両親が、もう一つのベットに布団を用意してくれている。

 この部屋は元々、兄妹で使っていたからな。

 プリシラのベットは、そのままにしてあった。


 「えぇ?お兄ちゃん、約束、忘れちゃったの?」

 「いや、そうではないんだが。父さん達が、プリシラの布団を用意してくれてるからな」


 と言ったものの、理由はもう一つある。

 しばらく俺の布団は洗ってないから、男臭さが染み付いているだろう。

 そんな布団で一緒に寝て、『お兄ちゃん、臭い』って言われたら、ちょっと傷つくかもしれん。

 いや、かもしれないじゃないな。傷つく。

 回避出来るなら、回避したいものだが。


 「一緒に寝てくれないの?」


 妹が悲しそうな表情をする。


 くっ!そんな顔をするな。


 「寝る。一緒に寝るよ」

 「本当?わぁい!嬉しい!」


 プリシラは嬉しそうに、はしゃいで見せた。


 あんな顔されたら断れる訳ないだろう!

 こっちが何か、悪い事をしているみたいじゃないか。

 それに、この笑顔。

 それを見せられたら、もう諦めるしかないな。

 だが。


 「一つ提案なんだが」

 「なぁに?お兄ちゃん」

 「せっかく用意してくれたんだ。向こうのベットにしないか?」


 俺は、プリシラが使っていたベットを指差した。


 あの布団なら、俺が傷つく必要もない。

 洗ってあるはずだから、特段、臭いもないだろう。

 それに、さりげなく両親が用意してくれたアピールも出来た。

 誘導も完璧だろう。

 フッ。

 策士ここに現る!だな。


 俺が自分に酔いしれていると、プリシラは布団を見比べていた。

 その後に俺を見て、最後に俯き表情を隠した。

 そして、俺には何を言っているのか聴き取れないよう、ボソボソと独り言を呟いた。


 「こっちの方が濃くていいけど、本体が居るならいいか」

 「うん?何か言ったか?」

 「ううん!じゃあ、そっちで寝よう!」


 プリシラはパァッと明るい笑顔を見せ、タカタカと隣のベットに移った。


 フッ。

 全ては兄の思惑通りだな!

 扱いやすい妹め。


 「それじゃあ、灯りを消すぞ」

 「うん!」


 俺はランプにフッと息を掛け、火を消した。

 部屋は暗くなり、月明かりが窓から差し込む。

 その明かりを頼りに、俺はベットに潜り込んだ。

 元々プリシラ用のベット。

 サイズが俺のベットより小さめに作られている為、結構狭く感じる。


 「狭くないか?」

 「ううん、大丈夫」


 プリシラは密着するように、俺へ抱きついた。

 身長差もあり、妹の頭頂部が、俺の胸元あたりにある。

 こんなに小さかったのか。

 髪から石鹸の良い香りが漂う。

 しかし、妹だ。

 変な感情を抱く事なく、俺は昔を思い出していた。


 プリシラは『暴虐』スキルのせいで、友達を作る事が出来なかった。

 妹と初対面では、遊ぼうと近づいてくる子も居た。

 だが、『暴虐』が顔を出してしまい、その度に二度目は訪れない。


 そんな事の繰り返し。


 プリシラは気にしていない様子だったが、本当は寂しかっただろうと、俺は思っている。

 だからこそ自分だけは、いつでも妹の味方であろうと決心した。

 妹に遊び相手がいないなら、俺がその役割を担おうと。

 それを長年続けてきたからこそ、今でも兄妹仲が良いのだろう。


 だが、弊害もある。


 今日、ティナに言い放った『横取り』という言葉。

 許嫁のティナに対して、嫉妬に似た対抗心を抱いている事だ。

 唯一の遊び相手だからな。

 独占したい気持ちが、俺が思うより強いのだろう。

 特に同性に対しては、より一層厳しい態度を取る。

 俺に触ることすら、許せないのだからな。

 そんな事をしなくても、家族なのだから、俺のプリシラへの接し方が変わることはないのに。


 そんな事を考えながら、妹の小さい頭を見る。

 十五歳と言っても、まだ子供だ。

 『暴虐』スキルさえ無ければと、つくづく思った。


 そんな切ない感情が込み上げ、思わず妹を強く抱きしめる。


 「あぁ、お兄ちゃん」


 プリシラの吐息が首筋にかかり、俺はハッとした。


 「すまん。痛かったか?」

 「ううん。大丈夫」


 そう言って、潤んだ瞳で俺を見る。


 「どうしたの?お兄ちゃん」

 「ん?あぁ。お前が愛おしくてな」


 プリシラの顔が紅潮していく。

 それが見られたくないのか、プリシラは俺の胸に顔を埋める。

 そんな妹の頭を、俺は優しく撫でた。


 「お前が幸せになってくれれば、俺は嬉しいよ」


 そう言いながら、俺の眼に睡魔が襲ってきた。

 今日は色々あって、疲れたのもある。

 それに、プリシラの髪がサラサラで、触っていると和んだせいもあるし、妹の温もりが心地良かったからだ。

 胸元にかかる吐息で、プリシラが寝ていないのは分かる。

 だが、睡眠への欲求は限界だった。


 「おやすみ、プリシラ」

 「うん。ねぇ、お兄ちゃん」


 プリシラは俺を呼んだ。

 もはや希薄な意識で、俺は応える。


 「どうし、た?」

 「プリの事、愛してる?」


 当然じゃないか。

 お前は妹で、家族なんだから。


 「愛してるに、決まって、いるだろう」


 プリシラの返事はなかった。

 覚えているのは、胸元にかかる吐息が、より熱く感じた事。

 そんな温もりを感じて、俺は眠りに落ちた。

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