第9話

 俺の名はカイル。

 肉か魚、どちらが好きかと言われれば、肉派の長男だ。


 プリシラの荷物を持ち帰った後、俺は、汚れ一つ無い新品のような湯船に浸かり、ゆっくりと寛いでいる。

 浴室がここまで綺麗でなければ、この安らぎも半減していただろう。

 父のスキルには、本当に感謝すべきだな。


 しかし、温かいお湯ってやつは、何でこんなに癒されるんだろうな。

 一日の疲れが、スッとお湯に吸い取られる感覚。

 どんなに疲れようが、また明日も頑張れる気がする。

 あぁ、いい湯だ。


 フゥと恍惚の息を漏らし、浴槽に背中をつけ、天井を見上げるカイル。


 それにしても、今日は色々あったな。

 我が妹ながら、凄いとしか言いようがない。

 もう少しお淑やかというか、他人をボコボコにするような事が減ってくれたら嬉しいのだが、『暴虐』スキルがある限り、それは難しいのだろうな。

 あのスキルが無ければ、もっと普通の人生を歩めただろうに。


 そう思うと少し切ない。


 普通に同年代の友達を作ったり出来ないようだしな。

 まぁ、せめて家族だけでも、プリシラに寄り添い続けなければな。


 スッと目を閉じて、先程の出来事を思い出す。


 しかしプリシラには困ったものだ。

 もう良い年頃なのに、『お兄ちゃん?一緒にお風呂入ろう?』と、言ってくるんだからな。

 ダメだと言ったら『ブゥ』と膨れっ面していたっけ。

 そりゃ兄妹なのだから、小さい頃は一緒に入っていたさ。

 だが、プリシラに女性らしい性徴の兆しが見え始めたら、さすがに、な。

 あいつは兄妹だからと、あまり気にしていないんだろうが、女性だという事を自覚してもらわないといけない。


 しかし、いつかプリシラにも、良い相手が見つかって、結婚する時がくるんだろう。

 兄妹仲が良いだけに、その時の想像をすると、嬉しい半分、寂しい半分、だな。

 フッ。

 まるで父親みたいな心境だ。

 俺でこうなのだから、父さんは大号泣するだろうな。


 両手でお湯を掬い顔にかける。


 ふぅ。

 あ、そういえば、ティナは大丈夫なんだろうか。

 激しく胸を叩かれていたようだが。


 『ちぎれた』って言う程だから、痛かったんだろうな。

 大人を吹っ飛ばす事が出来る力で叩かれたんだし。

 明日、どんな具合か聞きたい所だが、女性特有の部位だけに、男の俺は聞きづらいな。

 かと言って、誰かに聞いてもらうわけにもいかないよな。


 想像を交え、どのように聞くか考える。


 『ティナ。大丈夫か?』

 分かりにくいか?

 あいつの事だから『何が?』って言われそうだな。

 やはり、単語は正確に入れたほうがいいかもしれない。


 『ティナ。おっぱいは大丈夫か?』

 うん、なんかセクハラっぽいな。

 それに、本人目の前にして、『おっぱい』という単語を使える気がしない。

 おっぱいの事ばっかり考えてる奴と思われてもアレだし、却下だな。


 『ティナ。胸は大丈夫か?」

 どうだろう。

 うぅむ。

 たぶん、これなら言えるだろうが。

 でも結局は、おっぱいの事を指してるだから一緒じゃないか?

 やはり単語はやめよう。

 ティナに不快感を与えて、嫌われたくないしな。


 『ティナ。妹がすまなかった。大丈夫だったか?』

 お、いいんじゃないか?

 さりげなく謝罪出来てるし、怪我がなかったかどうかも聞ける。

 単語もないから胸に意識が向いていないし、これがベストなんじゃないか?

 うんうん!

 よし!

 明日は、これで行こう。


 作戦が決まったところで、吐く息が熱い事に気付く。


 「少し、長く浸かり過ぎたな」


 体が熱い。

 のぼせる前に上がろうか。


 俺は湯船を出て、浴室を後にした。


 「はい、お兄ちゃん」

 「ん?あぁ、ありがとう」


 妹からタオルを受け取り、顔を拭う。


 プリシラは気が利くな。

 お風呂あがりに、タオルを用意して待っていてくれるなんて。

 いつか旦那さんにも、こうやってしてあげるんだろうな。

 フフッ。

 良いお嫁さんになるな。

 旦那さんが羨ましいよ。


 ん?

 ちょっと待てよ?


 「プリシラ!?」

 「なぁに?お兄ちゃん」


 プリシラはカイルの呼びかけに不思議そうな顔で応える。


 な、なんで居るんだよ!?

 え?

 何?

 何なの?

 てゆうか、前、隠さないと!


 急いで前をタオルで隠す。


 居ると思わなかったから、普通に股間を見せてしまった!

 こんな純粋無垢な可愛い妹に、なんて事をしてしまったんだ、俺は!


 「す、すまん。居ると思わなかったから、変な物を見せてしまった」

 「変な物?」


 妹は意味が分かっていない顔をする。


 失敗したぁ!

 意識してたの、俺だけだったのかぁ!

 言わなければ、この変な空気にならずに済んだのに!

 どうする?

 いや待て!

 気にしていないなら、堂々とすれば良い!

 そう、堂々と晒せば良いんだ!


 って、そんな事出来るかぁ!

 余計に事態が悪化するだろう!

 妹が引いたらどうすんだ!

 だが、どうする?

 どうしたらいいんだ?

 とりあえず、落ち着け。

 落ち着くんだ。

 そうだ!

 何も無かった事にしたら、乗り切れるかもしれん!


 カイルは平静を繕い、外れないように腰に巻いたタオルを固定し、澄ました表情を作る。


 「いや、何でもない。それよりどうしたんだ?こんな所で」


 いいぞ、俺!

 その調子だ!

 さりげなく話題を摺り替えたぞ?

 あとはプリシラの反応しだい。


 「あ!えっと」


 顔を赤くする妹。


 な、何!?

 なぜ突然恥じらう!

 まさかの時間差攻撃!?

 クッ!

 今頃俺の恥部を見た事に気づいて、恥ずかし始めたのか?


 これからの展開を容易に想像してしまうカイル。


 終わった。

 兄としての尊厳が。

 これからはプリシラに、『変なもの見せないで!お兄ちゃん最低!もう近寄らないで!』と、下卑た目で見られるのか。

 それは辛い。

 かなり辛い。

 あんなに懐いてくれているのに、もう近寄ってすらくれないのか。

 それは、めちゃくちゃ、辛い、ぞ。


 魂が抜けていくような、そんな感覚で立ち尽くすカイル。

 彼の頭の中は思考を止め、見える景色が真っ白になっていく。

 終いには、お花畑も見えてきた。

 その花畑で、妖精と追いかけっこを始めるカイル。


 『こっちよ〜!カイル〜!』

 『アハハハ!待ってよ〜!』


 よく見たら、妖精はティナだ!

 あぁ、すごい楽しい。

 ずっとこうしていたい。

 空中を飛ぶティナも、可愛いなぁ。


 ショックのあまり、妄想の世界に行ってしまったカイルの精神を、プリシラの声が呼び戻す。


 「少しでも、お兄ちゃんを充電したくて」


 お花畑に『充電したくて』がこだまする。


 充電?

 充電ってなんだ?


 理解不能なワードに、妄想の世界は薄れていく。


 『カイル〜!行かないで!私を置いていかないで〜!』


 妖精のティナが、遠ざかる俺に涙している。

 好きな女性を泣かせるなんて、俺は最低だ。

 ごめんよ、妖精のティナ。

 でも、充電って何なんだ?


 カイルの意識が現実に戻ってくる。


 「充電って何だ?」


 意識を取り戻した後の第一声は、疑問系だった。

 その疑問をプリシラは説明する。


 「お兄ちゃんは私のパワーの源なの!近くに居ないと補充できないから、ここに居るんだよ?」

 「そうなのか」


 理解した風で頷くカイルだったが、脳内はフル回転していた。


 どういう意味!?

 俺から何かエネルギー的な物が出ているのか!?

 いや、出ている様子はないし、そんなわけない!

 俺のスキルは『一刀両断』だ。

 誰かに力を分け与えるような力は無いはず。


 説明を受けても理解が出来ない。

 もしかしたら、自分でも把握していない能力があるのかもしれないが、確認しようがない。

 困惑するカイルに、プリシラは一歩間合いを詰め、上目遣いでお願いする。


 「だから、抱きしめて良い?お兄ちゃん」


 なんの『だから』なのか、わからん!

 それにビショビショだし、お前が濡れるだろ!

 とりあえず拒否だ!


 「いや、今はダメだ。裸、だしな」

 「えぇ?ダメ?」


 いや、瞳を潤ませてもダメだぞ!

 というか服を着させてくれ!


 「その。服を着た後なら、いいぞ。必要なんだろう?」

 「うん!じゃあ待ってる!」


 プリシラは笑顔を俺に向けた。


 相変わらず、天使の様な笑顔だな。

 本当に可愛い。

 だがな、何故出て行かない!?


 「プリシラ」

 「なぁに?」

 「出ていくんだ」

 「何で?」

 「いいから!」

 「ブゥ!」


 妹は膨れっ面を見せながら、不服そうに脱衣所から出ていった。


 ふぅ。

 やっと体が拭けるな。

 まったく、湯冷めしてしまう所だ。


 プリシラの言葉を、今一度考え出す。


 しかし、エネルギーか。

 そんな物ある訳ない。

 きっと、俺に甘えたい口実何だろう。

 一人暮らしをしているのだから、家族が恋しいのだろうな。

 俺の為に街へ働きに行ってくれたのだから、後でたくさん甘えさせてやらないと。

 それが俺に出来る最適な行動、だな。


 俺は服を着て、脱衣所を後にした。

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