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(声が聞こえた気がして窓辺に寄ったが庭には誰もいないようだった。だが呂街くん呂街くんと一階にいる先生が呼ぶ。呼びながら階段を駆け上がってくる。

 

 呂街くん私は高野さんと仲直りをしましたよ。


 僕はあんまり驚いてしまい先生が抱きついてきても何も言えなかった。

 呂街くん後悔はお好きですか。先生が僕の肩に頭をくっつけて訊く。

 好きじゃないですしきっと後悔はしませんよ。僕がそう言うと先生はぱっと離れてそれから窓際の花瓶を抱きしめた。真っ赤なポピーが床にバラバラ落ちて鳥が吠えた。

 先生ご機嫌ですね。先生がご機嫌で何よりだ。

 先生が言った。呂街くん私はたとい呂街くんが優しくなくても好きですよ。

 僕がもう何も言えないうちに先生は花瓶をガシャンと落っことして庭へと走っていった。追っかけると花瓶の破片がスリッパの底に刺さったが気にはしていられない。先生は手を花瓶のかけらで切っていた。近頃はお怪我の多い先生である。

 

 呂街くん寂しいのはお好きですか。

 いいえ、いいえ。


 では私はうんと頑張りますと先生は笑った。

 呂街くんがいなければおよそ私は立ち行きませんから呂街くんに逃げられないようにしなくては。

 僕は息を吸った。今だけは何を言ってもいいような気がした。


 好きです。ずっとずっと好きです。あなたは完璧でなくて少し怖い時もあって泣き虫だけど、だから好きです。いちばん好きです。


 僕たちはいつか紫色の薔薇を埋めたちょうどその上に立っていて先生の眼鏡がずり落ちかけている。堪らなくなって抱きしめると少し体温が低いように感じた。先生の手がぽんぽんと僕の腰を叩く。いつの間にか僕の背は伸びてしまい、先生の肩は思ったより下の方にあった。先生からは花とそれが腐る匂いと血の匂いがした。

 嬉しくて切なくて、泣かないでという言葉を思い出してぐっとこらえたけれども涙が目の縁にたまっていく。ひどく不安だったけれども先生は確かにここにいるという感じがどうしてかした。多分初めて、先生が泣きださないようにと祈っていた。)

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花を飾る家 ギヨラリョーコ @sengoku00dr

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