抱きついて。倒れる。


「先生。先生」


「もう、先生じゃないよ。やめたんだ。教師」


「そんな。教育のために身を捧げるって」


「うん。そう思ってた。でも、きみとの日々のほうが、僕のなかで、大事だなと思って。経歴や教育のために、生きるよりも。きみと過ごした日々を、思い出にして、生きたかった」


「教育のために、あんなに経歴を大事にしてたのに」


「不思議だったよ、僕自身。でも、理屈としては簡単なんだ。好きな人の心も拾ってやれないやつに、教師なんか務まらない。それだけ」


「わたしの、せいで」


「きみのせいじゃない。それに、教師をやっていて、よかったよ。きみと出会えて。きみと付き合うことができた。僕は」


「違う」


「おっ、と」


「僕、じゃなくて。俺。わたしは、あなたの、俺、が、聞きたい」


「俺か。そういえば、一人称俺だったっけか。俺。これでいいかな」


「だめ」


 抱きしめる。


 彼の体温。


 彼のからだに。


 彼の心に。


 触れる。


「もっと近くで。わたしの耳許で。言って」


「こうかな。よいしょ」


 彼がわたしを、抱き返す。彼の腕に包まれながら。耳許に、息がふれあう。


「俺は、きみが好きだった」


「ひゃあ」


 びっくりして、からだの力が抜けてしまった。寄りかかる。彼に。


「さあ。これでいいかな。そろそろ離れよう。別れ難くなる」


「ごめんなさい。力が。入らない」


「おっと。大丈夫?」


「大丈夫。先生。わたし」


 朝陽。


「わたし。今日。誕生日。18になった」


「そっか。学校の誕生日欄は嘘か。お誕生日。おめでとう」


「ごめんなさい。自分が産まれた日を、知らなくて。でも、今日を誕生日にする。今日。いま」


「そっか」


「先生。ううん。あなた」


「なんだい?」


「わたしの心を。拾って」

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