心の欠片

春嵐

01

 なにか、こぼれたような、音がした。


 それは、なにも見えず。どこに落ちたかもわからず。消えていった。


 わたしの、心だったのかもしれない。


 大勢がいる、教室。先生の授業。声と、黒板に何か書かれる音。


 これだけたくさん、ひとがいるのに。わたしの心が落ちたことにさえ、誰も。気付くことはない。


 私自身も。


 自分の心が、どう落ちたのか。わからなかった。


 思春期が、その特有の不安定さや何かを新鮮に思う気持ちが。自分にはなかった。わたしは、どこまでも普通の人間で。わたしには、他人の気をひこうとする部分がない。わたしをわたしでいさせてくれる何かを、わたしは、必要としなかった。


 思春期なら、もっと何かに熱中したり。不安定になって変なことにのめり込んだり。箸が転んだだけでおかしくなって笑ったり。そういうことをするはずなのに。自分には、それが、ない。


 先生。


 わたし。


 心を落としたかもしれません。


 ごめんなさい。


 せっかく付き合ってくれたのに。

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