質より量より質

 今日も20分の暇が出来たが、正直後悔している。ショーコは僕の気持ちを分かってなんかいない、と思ってムキになってしまったけど……僕もショーコの事は何も分かってない。

“1週間で遠いところに行っちゃう”

 これはもしかしたら

“1週間経ったら死んでしまう”

 という事なんじゃないのか。だから僕には『時間がある』と励ましたんじゃないのか。


 ……勝手な憶測だけど、もしそうなら僕が悪い。


 謝りたい、でもできない。1週間経っても、本当に物理的に遠いところに行くだけかもしれないし、やはり中身のないただの情けかもしれない。

 やっぱり僕は、他人より下なんだ。差がでかすぎる。『質』も『量』も負けている。

 結局今日の20分間は1人で、何もせずに過ぎていった。テレビは淡々と天気予報を流し、台風が近づいていると報じた。


【5日目】

 10月9日(金曜日) 終了




 翌日。


「ねぇ、一昨日は元気だったのに。今暗い顔だよ?」


 夕食の手伝いの最中、母さんに言われた。今日の20分もあっけなく過ぎていた。流れているテレビは、明後日から大雨が襲ってくると報じている。

 今日は僕の嫌いな野菜炒めだから、という言い訳は通用しない。一昨日も同じ野菜炒めだったから。


「いきなり、小さい頃の写真集めたい~、って言った時はどうかしたのかと思ったけど楽しそうでもあった。何かあったんでしょ?」


 見透かされていた。やっぱり母親という存在はすごい。でも、まだ言える覚悟はない。


「ごめん……今は、言えない。でも絶対、後で話すから」


 後回しにしてきた事は多々あるけれど、大体が『もうやらない』と諦めのついたものが殆どだった。でも今回は違う。

 最終日の明日……謝りに、行かないと。


 夜。寝る前だからもう深夜か。寒くなってきたから毛布を首までかけ、できるだけ身体を暖めた。

 眠気が限界にまで達し、夢の世界へ堕ちようとしたその時。開けたままの窓が、揺れた。

 眠気が少しだけ散り、窓を閉めようと上半身を起こす。けれど、僕の目に映ったのは。


「あ……ごめ、ん。起こしちゃ……ったか、な」


 右半身が狛犬、つまり石化したままのショーコ。窓枠に座るような体勢。まさか、家の壁を登ってきたというのか?

 ショーコはその場から動かず、僕の目を見つめ話し始める。


「あの、ね……最終日って、今日に早まっちゃったの。ごめん……」


 約束が違う。確か『7日間』だったはず。今日は6日目。


「ほんっとごめん……7日目に、私は遠くに…………でも健太の事を想ったら、身体が半分だけ、自由になって……」


 つまり、僕とショーコが触れ合える期間は今だけ。僕は無意識にベッドから飛び降り、ショーコの元へ駆け寄った。

 白く冷たい左腕を右手で掴み、謝罪の意を伝えようと意気込んだ。だけど……言葉をなかなか選びきれない。


 ごめん? すみません? 悪かった?


「あっ……やっと、彼氏らしいこと、してくれた…………ね」


 段々と石化が解除されてはいっているが左の唇だけ上がっている。今までは彼氏らしくなかったのか、と問いたくはなったけれど、確かに彼氏ではなかった。ただ話をしていたり、まるで友達の様だった。


 腕を掴んで、想いを伝えようとする。でもこれって彼氏じゃなくて、『彼氏になるための告白』のシーンみたいだけど。


「ごめん……一昨日は、キツイ事言っちゃって」


 想いを伝えた。同時にショーコの石化も解けていた。


「……いいんだよ。私も、自分勝手な励ましだったと思ってるし。もう、頑張ってたもんね、健太は」


 雲に隠されていた月が顕になったのか、窓からは綺麗な光が射し込んだ。ショーコが照らされ、穏やかな笑顔がはっきりと僕の瞳に焼き付けられる。

 でも、諦めも混じっているような……


「ありがと。私はもう戻らなきゃいけない。最後に、これを」


 ショーコは首と肩に垂れ下げていた薄い布、『羽衣』をするりと外し、今度は僕の首にかけてくれた。

 優しい肌触りで、まるで後ろから抱き締められている感覚。


「お願い、私を忘れないで。それから……ありがとう」


 そう言って後ろを向き、窓枠に足をかけ飛び降りていった。その時の光景は、僕にはスローモーションに見えた。ショーコの瞳から漏れた涙が、ゆっくりと下に追走していく……


「僕の方こそ」


 小さな呟き。聞こえていたら、いいな。


【6日目】

 10月10日(土曜日) 終了




 翌日。

 また20分の暇がやってきた。“遠くに行く”とは言っていたがやはり気になる。もしかしたら石化から戻れなくなる、つまり『死』という事かもしれない。

 僕は右肩に羽衣を掛けながら神社に足を運んだ。



 神社はショベルカーに破壊されていた。



 騒がしい破壊音と、作業員達の話し声が僕の頭の中を埋め尽くす。


 そっか。“遠くに行っちゃう”はやっぱり『死ぬ』って事だったんだ。いつここを取り壊すか、なんて業者の会話を聞いて死期を悟っていたんだろう。

 確か明日から大雨だと、天気予報で聞いていた。それで1日早まったのか。

 僕は、遅かった。僕も1日早く謝りに行ったら、想いを伝えられたはずなのに。


「さようなら」


 僕は“質より量”なんて言ってしまったけど、ショーコと過ごした1時間と数十分は……これまでの人生で1番充実していたかもしれない。


 質より量…………より、質。


 もっとショーコと触れ合えていれば、更に良い結果をもたらせたかも。だけれどこの短い期間だったからこそ……意味があるかも。


「時と、場合によるけどね」


 神社から背を向けそっと言葉を紡いだ。どうせ結果なんて分からない。

 ……この結果は悪くないと思う。だって、僅かだけど希望を持てたから。


「こんな僕でも、他人と心から本音を通わせる事ができた。……家族にも、友達にも、いやむしろ、初対面の人にも。自分から接していったら……いいかもしれない」


 例え短い時間でも、『質』が良ければ接した人には多大な影響を与える。そうショーコに教えられた気がした。


「……えっ?」


 右肩に掛けていた羽衣が石化していた。でも僕の右手が触れている先端の部分は石になっていない。


「……そっか。ありがと、ショーコ」


 ショーコの左頬に右手を添えた事で石化が解除されたのだから、今の羽衣の状態は彼女と類似している。つまり……ショーコの魂が、この羽衣に宿ったのかもしれない。


「“遠くに行く”とか言っておいて……僕のそばに居てくれるんだね」


 石化の対象であるショーコが死んだ事で、彼女が身につけていたこの羽衣に石化現象が移っただけという可能性もある。それでも僕は。


 僕自身と、ショーコと、この羽衣に詰まった質の良い思い出を。ずっとずっと信じていくから。



 白の反逆 羽衣編 終

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

白の反逆 羽衣編 ニソシイハ @niseyosouseki-nisoshiiha

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ