第19話 噂は疾風の如く



ㅤㅤㅤㅤㅤ―― Side こう ――



――放課後、下駄箱に手紙があった翌日。


朝、登校した時、流石に下駄箱に手紙が無かったので安堵したのも束の間。

教室の私の机の中に手紙があった。

内容は一緒、放課後に銀杏の木の下で待ってます、と。


昨日の今日でこれか。

私の机の中に入れられていたという事は、昨日の手紙も間違って私の下駄箱に入れたなんてことはなく、私宛てだと確定した。

自分の机の中に、誰とも解らない人に物を入れられるというのは凄く不快だから止めて欲しい。

正直、凄く会いたくないんだけど、今回の手紙を無視したら次は何があるのか恐怖でもある。


まだ行くかどうか悩んでいる所なんだけど、なつに言えば一緒についていくから会おうと言うだろう。

でも仮に告白の様なものであれば、連れを連れて行くのは何か悪い気がするから気が引ける。

何か私の物申したい人ならなつを巻き込みたくない。


昼食時、いつもの私となつの二人の食事に友寧ゆうねも混ざった。

丁度良いので手紙の事を相談する。

なつは一緒についていくという。

ここまでは予想通り、ただ、自分(この場合なつ)が直接会って話をつける、と息まいている。

友寧ゆうねもそれに半分賛同し、なつに離れた所で待機して貰え、という案を主張。

どっちも会いに行く事前提なんだ。


そうだよね。

暫く様子見るの手もあるけど、私を呼び出して待たせるというのも気が引ける。

ただ、二人には兎に角私は一人で行くなと念を押された。

確かにただの告白なら良い? けど、物申される方だったら、最悪複数人待ち構えられててイジメに発展するかもしれない。

それはちょっと怖い。


私は友寧ゆうねの案でいく事に決めた。

放課後、なつに途中までついてきてもらい、話しは直接私がする。

まだ不服感を露わにするなつを宥めて午後の授業に気持ちを切り替えた。



放課後、教室を出ようとする私たちを呼び止める人がいた。

知り合いではない。

見た事はある、別のクラスの一年生女子だ。

私たちを呼び止めたと言ったけど、正確にはなつに用があったらしい。


最初いぶかしんでたなつにその女子生徒が何か言われると、その子と二人だけで話をしに行くと言い出した。

私には何を言われたか聞こえなかったけど、なつの態度から良くない事を言われたのだろう。

心配だけどなつなら大丈夫かな。

私には一人で行くな、とまた念を押されたけど、相手を待たせ過ぎるのも悪いので、なつを20分待って来なければ先に行く事にした。

友寧ゆうねに着いてきて貰おうかと思ったけど、友寧ゆうねも既にいない。


結局20分待ってもなつが戻ってこなかったので、メールだけ送って先に向かう。


校庭の一番奥、学校校内の一番端。

十数メートルの防球フェンスを回り込む形で裏に回ると、銀杏の木の下に一人の男子生徒が待っていた。

なんとなく見たことはある、たぶん同じ一年生。


あまり近づかないで話しを切り出す。


「貴方が手紙に人ですか?」

「あ、あの、そうです。わざわざ来てもらってすみません。若槻わかつき こうさん。俺の事は知ってるかどうかわからないので先に自己紹介します。俺、一年D組の阿野あの 功馬こうまって言います。」

「はあ、どうも」


初対面、向こうは私の名前知ってるしこっちの自己紹介は要らないよね?


「それで、何の用ですか?」

「あの、その、噂を聞いて・・・・・・」

「噂?」

「その、若槻わかつきさんが女性と付き合いだした、って」

「それで?」

「そ、それなら俺だって」

「なぜ “ それなら ” になるのか解りませんが?」

「えっと、あの、ずっと好きでした。若槻わかつきさんの事」


どうやら告白らしい。

でも “ ずっと好きでした ” と言われても、彼とは同じ中学だった記憶がない。

見た事が無い訳じゃないので高校で一緒になったのだろう。

高校に入って2か月程度。

入学早々好きになったのだとしても “ ずっと ” と言える期間とは思えない。

それともそれ以前から “ どこかで見かけて~ ” ってやつ?

どうでも良いか。


「ごめんなさい」


悪いけど、即行断る。


「っ!! ・・・・・・あの! 女性と付き合ってるって本当ですか!?」

「はい、事実です」

「何故男性じゃないんですか!? 何故俺じゃダメなんですか!?」

「性別で選んだ訳ではないから。私の好きになった人が女性だっただけです。貴方が彼女じゃないからです」

「ではレズでないと? なら男性でも俺にもまだチャンスが」

「私のレズかどうかは解りません。ただ、好きになった相手が女性だった、それは事実です。仮に彼女が男性であっても私はたぶん好きになった。でも “仮に” は所詮仮定です。私は  “ 男性でない、女性である彼女 ” を好きになった。貴方が男性だからチャンスが無い、女性であればチャンスがある、私がレズでなければ男性でもチャンスがある、という話しではありません」


結構辛辣だとは思う気ど、ハッキリさせておきたいからしっかり言う。

彼に、なつ以外の人に行為を抱く事はない、と。


「そう考えると私は異性愛者ノーマルでも女性同性愛者レズビアンでも両性愛者バイセクシュアルでもなく、 “ 相手をパン好きなるのに性別問わずセクシュアル ” と、いう事になると思いますが、私はまだ彼女以外を好きになった事がありません。男性を好きになった事がない。現時点で女性である彼女を好きになっているので今の時点ではレズと見るのが妥当かもしれませんね」

「う・・・・・・。そ、その好きになったのが初めてと言うのなら勘違いや思い込みと言うのもあるんじゃないですか? それは本当に恋なんですか!? 本当に恋愛的に好きの感情なんですか!?」

「恋がどういうものか、100人が100人納得出来る説明があるとは思えません。私が気付いたこの気持ちは間違いなく “ 私の好き ” です。悩んで悩んで、でも彼女の笑顔で全てを払拭されて、彼女といるだけでドキドキしているのが “ 私の恋 ” で、その上で彼女を何よりも愛おしく思えるのが、私はこれを “ 愛 ” かな? って思ってます」


もっと言うと、私はなつに性的感情・欲求が湧く。

なつ ” 限定ではあるけど、女性に性的欲求が湧く以上、私はレズビアンなのだろう。

ただ他の女性に湧く訳ではないのだけど。

勿論男性にも。


「私が好きになった人は貴方じゃない、それが全てです」

「そうですか。・・・・・・自分が思い違いをしていた事が解りました。

・・・・・・相手が、あなたの付き合いだした相手が女性だと聞いて、まだ男性との恋を知らないんだって、本当の恋を知らないんだって思って、俺が目を覚まさしてやろうなんて思ってました。でも、・・・・・・あなたに先に言われてしまいました。たぶんそういう段階は既に超えているのだとなんとなく解りました」

「そうですね、私だって、私たちだって、相手が同性だった事は散々悩みましたよ」

「で、ですよねー」

「それで出した答えです。私たちが軽い気持ちで付き合っている訳でない事を解ってください」

「・・・・・・はい」


はは、と力なく笑う阿野あの君。


「いきなりこんな所に呼び出してすみません」

「本当ですよ、机や下駄箱に手紙を入れられるのも迷惑です」

「あ、すみません。その、声をかける勇気がなくて・・・・・・」


そんなの知ったこっちゃない。


「でも来てくれて嬉しかったです。結果はフラれましたが、自分がいかにあなたを知らなかったか思い知りました」


おっと、あんな手紙の出し方されたからどんな非常識な方かと思ったけど、案外まともだったね。


「そうですか、ではこれで」

「あの! それで・・・・・・、ますます好きになりました!!」

「は?」

「少し前までは、顔とか雰囲気とか声とか良いなって思ってましたけど、さっき話してみて思いました。ああ、誠実で良い子なんだなって。だからますます好きになりました!」

「そ、それはどうも?」

「あなたのにそこまで想われたくなりました」


いや、なつだからそこまで想えるのであって、前提から間違ってるよ?


「だから、俺、諦めませんから」

「ええ!?」


いやそこは諦めようよ!?


「好きでいさせてください」

「ごめんなさい」


私は深々と頭を下げた。

正直これからも何かしら手紙とか付きまといかされても困る。

お願いだから諦めて欲しい。

案外まともだと思ったけどそうでもない?


「すみません。こればかりはどうしようもありません」


でも諦めようとしてくれない。

うう、私も片思いしてたから簡単に諦める、割り切る事なんて出来ないのは解るんだけど。

だからといてって許容出来るものでもない。


「迷惑は掛けませんから!」

「本当ですかー? もう手紙とか寄越さないで欲しいんですけど」

「はいわかりました。手紙はもう出しません」

「出来れば絡んでこられるのも無しで」

「はい。あの、遠くから見てる分には良いですよね?」

「え、と。そうだね、それくらいなら・・・・・・」

「ありがとうございます!」

「じゃ、じゃあもう行くね」

「すみません。煩わせてしまって。話せて良かったです」

「じゃあさようなら」

「さようなら。また明日学校で!」

「!? あ、挨拶ぐらいにしてね?」

「はい!!」



おかしい。

告白を断ったはずなのに、どうしてか更に好かれる羽目になった。

まあ、今後手紙なんかを寄越さないと言うのであればこの話は終わったって事で良いのかな?

複数人に絡まれるシチュエーションじゃなくて良かった。




一応話はつけれたと、少し軽くなった足取りで校舎に戻ると直後に声を掛けられた。


「――若槻わかつき こう


男性の声が明らかに私に向けて発せられた。




今度は何だ――

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