第5話 何処まで行ってもエゴ

ㅤㅤㅤㅤㅤ―― Side こう ――



――寂しい。


夜ともなれば、彼女の事を考えると身体が疼く。


身体を慰める。


辛い。


頭に浮かぶのはなつだ。

心が求める。

声を、手を、肌を、唇を、髪を、身体を。


頭の中で、幾ら求めていても、その名を絶対に口に出せない。

好きな人を求める、そう言えば聞こえが良いけど、下品に言えば要はオカズにしているだけ。

こんなのとても顔向け出来ない。

今後もなつの顔が見れそうもない。


タオルで軽く体を拭う。

罪悪感と虚しさがこみ上げ悲しくる。

声を噛み殺しても嗚咽が漏れる。


気持ちの処理が追い付かない。

私に傷ついて泣く資格なんてあるのかな。

傷つけたのは私で。


だから、私が傷ついたみたいな顔を晒しちゃいけない。

なつが望んな友達の顔を、友達の態度を、友達の距離でしないと。




友達と言えば、数日前友人が紹介した例の男子とはたまに話をするようになった。

まあ、毎回向こうから一方的に話しかけられるんだけど。

今日も話しかけられた事を思い出す。

名前が呼び捨てなのが気に食わないけど、諫めても一向に直らない、直す気がないみたい。

でも、話していて思いのほか楽しくもある。

不躾とも言える彼のフレンドリーさには、社交辞令での付き合いから少し踏み込んだ級友の関係として気を楽にさせてくれる。


なつの居た穴は埋められないけど、何時か薄れる時が来て、私も誰かと付き合うのだろうか。


何にしろなつの幸せを見届けたらで良いか。

何をもって幸せか難しい問題だけど。


以前、なつには好きな男子がいると教えてくれた友人の友寧ゆうねにはなつと別れた事を報告した後、なつが好きな男子と付き合えるように協力を頼まれた。

私もその為に別れたのだから友寧ゆうね協力した。

主に、なつの今の趣味とかハマってる事とかを教えたりした。

その後、友寧ゆうねなつの好きな男子になつの事をアピールしたらしい。


それからクラスメイトの男子と付き合いだしたとなつから報告を受けた。

気持ちは複雑だけど、勿論祝福した。

彼氏の要望で学校の登下校を一緒にする事になったから私と通えないとも言われた。

彼氏さんを優先するのが当然だからと後押しした。


なつの前で涙を流さなかった私は頑張ったと思う。


もっとしっかりしないと。

なつにはもっと幸せになって欲しいから、私が足を引っ張りたくない。



ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ≫≫≫≫≫≫



しばらくベッドでゴロゴロしていた。

夕飯を終えて部屋に引っ込んでからまだ2~3時間、まだ9時になっていない、寝るにはまだ早い。

お風呂に入ろうか。




「――おーい、こうー」


不意に名前が呼ばれた。

大好きな、でも今一番聞きたくない声が私を呼んでいる。


声は一階のリビングからだろう。

なぜなつが家に?

しかもこんな時に限って。

少し落ち着いた後で良かった。

でも、部屋に来られるのはもっとまずい。

私はハンカチで顔を拭って部屋を出た。


こう、お邪魔してるよ」


小さい頃からしょっちゅう入りびったってたなつにとっては “自宅” とさほど違いはない。

自宅宜しくリビングのソファーに座るなつに、泣いてあまり宜しくないであろう顔は「寝てた」と言い訳した。

誤魔化せただろうか。



何しに来たのかな。

いや、少し前までしょっちゅう来てたんだけど。

付き合う前も。

でもなつに彼氏が出来てからのこの一か月程は殆ど来ていない。


「・・・・・・いらっしゃい」


冷蔵庫から麦茶を二つ分コップに移し、なつが座るソファーの前のテーブルに置いた。

なつは壁際の三人掛けソファーに座っている。

私はそれに斜めに向かい合う様に置かれる一人掛けのソファーに座った。


いやだって、顔が合わせ辛いし。




しばらく続い沈黙は、なつから破られた。


「あー、最近あんまり会ってなかったなって思ってさ」


家に来た理由なのだろう。


「――そうだね」

「なんか話そうよ?」

「何を?」


別に喧嘩を売るつもりはないけど、変な応酬をしてしまう。


「んー、そうだなー」


どうしても避けたかったなつに対して、後ろめたさとか無理矢理恋人として付き合わせたとか後悔で正直会話が思い浮かばない。

謝罪しか出そうにない。

いや、謝るべきなのかな。

だよね。


「あの「今日はさー」」


言葉が被った。


どうぞどうぞと彼女に先を譲った。

謝罪を後廻しにするとか、私って意気地がないな。


「ん、悪い。そんでさ、この間さー、彼氏とキスした」

「え」


思いもよらない告白に驚いた。

いやまあ、キスしてたのは知ってるけど、まさかそんな話しされるとは思わなかった。

何を思ってそんな話を元カノに?

思わずなつを凝視してしまった。

なつも私を凝視している。

こんなに見つめ合うのは久しぶりだ。

なつが何を思って私を凝視しているかは解らないけど。


「それでさ、その先を求められちゃってさ」

「あ、う、うん。そりゃまあそうだよね」


なんでそんな話を私に。


「どうすれば良いかなーって、相談」


本当に、なんでそんな相談を私に。


友達だから、か。

やっぱり。

・・・・・・じゃあ、友達として答えないといけないよね。


「あー、好きならやりたくなるよね。なつがやりたいなら良いんじゃない?」

「やりたいと思わなかったら?」

「まだ早いってことじゃない?」

「でも好きならやりたくなるんだよね?」

「う? ん、そ、そうだと思うけど?」


なんだこの会話。

なつの意図が読めない。

後押しして欲しいのか、思いとどめて欲しいのか。

正直私は聞きたくない、言いたくない。

でも、そうもいかない。

友達として、相談されてる。

答えないわけにはいかない。


「 “やりたい” じゃなくても、 “身体を許しても良いかな?” って思えるとか、 “彼氏さんの身体に触れたい” とか思わない?」

「うーん、思わないなー」


私と付き合った時もスキンシップをするタイプじゃなかった。

私を好きじゃないからだと思ったけど、好きな人と付き合ってこれならなつは淡白なのかもしれない。


「じゃあ、思う様になる迄待ってもらうー、とか?」

「んー、その前に、触りたいとか、身体を許していいと思えるようになったら好きって事で良いんだよね?」


好きだから付き合ったんじゃないの?


「私はそうだと思うけど、皆が皆そうだと言えないと思う。好きでもそういう思いにならない人もいると思うから、そこまでは解らない」

「少なくとも、なんとも思わないより、触りたいとか思えられれば、それはその人を好きという感じでいいのかな?」

「そうなんじゃない?」

「逆に、好きでなくてもそう言うのしたくなる例もある訳だよね?」

「まあそうだね。でも、今付き合ってる彼氏さんに迫られても、したいと思わないのなら、 “好きでなくてもそういう気持ちになる事はない” と言う事にならない? 絶対じゃないけど」

「だよなー、わたしもそう思う」


なつは何やら一人で考え込みだした。


正直こんな話したくない。

私は今普通の友人の顔をして受け答え出来ているだろうか。


「ゆっくりで良いと思うよ。解らないなら解るまで。触れたい、触れられても良いと思うまで、ゆっくり待てば良い。仮にそれまで彼氏さんが待てないというのなら、正直そこまで彼氏さんの気持ちに沿う必要はあるのかな? って思う。相手の気持ちも大切だとは思うけど、何より自分の気持ちが一番大事だと思う」


私はなつの気持ちを考えずに失敗したから。


好き同士、お互いの気持ちに沿うのが一番なんだろうけど。

なつには “彼氏さんの気持ち” より、 “自分捺美の気持ち” を優先して欲しい、これは私のエゴだ。


「自分の気持ち・・・・・・か」


なつが何か噛み締めるように呟く。 



なつの彼氏がなつの気持ちに沿ってくれる事を心から願う――

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