1人と1人が混じりあう時

鷹角彰来(たかずみ・しょうき)

第1話

 最近、僕は1人でいたいと猛烈に望むようになった。


 人間嫌いではないが、人と話す時に言葉がつっかえて、よくどもってしまう癖がある。どもる度に皆に笑われたり、もう一度聞き返されたり、嫌な顔をされたりで、全くいい思いをしなかった。家族とは普通に話せるのだが、外の人と話すとなると、ガチガチになって心臓が飛び出すぐらい緊張をする。


 また、たくさん人がいる教室で座っていると、誰かに話しかけられそうで、本当に怖い。まだ、お化け屋敷のほうがマシだ。あの恐怖はすぐに終わるから。でも、この恐怖と緊張感は、毎日6時間、長期休暇と祝日を除いて、ずっと続くのだ。


 学校で1人になれる絶好の機会と場所は、昼休みの裏庭に限られる。僕の通う高校には食堂があり、多くの生徒はそこに行くし、教室に残る生徒は自宅から持ってきた弁当を食べるから、ここには誰も来ない。ただ、先生が休憩を利用して、ここでタバコを吸っているせいか、少しヤニ臭い。だからこそ、誰もここに来ないのだろう。


 ずっと前は先生がやって来て、二言三言話しかけてきたが、最近は1人になりたい僕の意思を読み取ってくれたのか、誰も来なくなった。


 早速、弁当箱を開けようとしたら、上の方から女性の細く鋭い声が、一瞬聞こえてきた。


「イヤッ! 離してよ」


 女子が、屋上の手すりを乗り越えようとしている。彼女の足をつかんでいるのは、先生だろうか。


 明らかに、これは自殺実行中だ。万が一のことがあるので、誰か助けを呼んで、下にマットを敷いてもらおうと思ったが、それをするには自分が話しに行かなければならないので、これは面倒臭い。しかも、僕がどもっている内に、彼女に飛び降りられてしまっては、元も子もない。


「うわっ!」と、くぐもった低い叫び声が聞こえた。


 見上げれば、彼女は手すりを乗り越えて、もう飛び降りようとしている。彼女は背を向けているので、こちらからは顔が見えない。下を見ると、あまりの高さに怯えて、自殺を思いとどまってしまうからだろう。


「命を粗末にするのはやめなさい」


 2人の言い争いは、まだ続いている。


「来ないでよ先生。一歩でも近づいたら、飛び降りるよ」


「やめなさい。今ならまだ引き返せるぞ」


「イヤと言ってるじゃない。いい加減にして、あっ!」


 急に彼女は足を滑らせて、落下し始める。

(続く)

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