第一章 ひとときの安らぎ6


「——って……」


 遊園地の屋外プールがある最寄り駅で電車から降りた総司、鈴華、ルリの三人が改札に向かっている最中のことだ。

 厄介な連中と出くわすことになってしまった。


(なんで、こいつらがここに……?)


 目の前から歩いてくる見知った集団。

 それは今日、山にバーベキューに行っているはずの総司のクラスメイト——樹や、幼馴染みの宮子たちだった。

 逃げも隠れも出来る状態ではない。なので総司はただわけがわからないといった表情で、呆然と、その場に棒立ちでいることしか出来なくて、


「あれ、総ちゃん? それに鈴華さんや、ルリちゃんも」


 最初に総司たちに気付いて、声を掛けてきたのは宮子だ。

 それによって他のメンバーたちも総司たちに気付いて、驚いた表情を浮かべている。

 男子が四人、女子が三人。

 もちろん男子の中には樹もいる。


「お、おう……」


 頬を引き攣らせながら挨拶をするように小さく右手を上げて、総司は問い返すように訊ねた。


「なんでお前たちがここにいるんだ? 確か、バーベキューに行くんじゃ……」


 野外プールのある遊園地も、高田山のキャンプ場も、電車の方角は同じ。とはいえ、高田山はもっと先だし、バーベキューをするには時間的にも遅すぎる。

 総司たちがご飯を食べてきたように、とうにお昼の時間は過ぎていた。

 それに皆の姿は、これからバーベキューに向かおうとしているものには見えない。

 総司たちと同じように、皆、とてもラフな格好をしているし、持っているものも、明らかにこれからプールに行くぞという感じに見える。


「ああ、それなんだけどな」と、総司の疑問に答えたのは樹だ。


 二日に亘る大雨で、バーベキュー施設の近くの川が氾濫。昨夜、施設は濁流に飲み込まれてしまい、しばらく閉鎖されることになってしまった。

 結果、バーベキューは中止。

 こうして代わりに、プールに来ることになったわけだ。


「マジかよ……」


 事のあらましを聞いた総司の口から、思わずそんな言葉が漏れた。


「……で、総ちゃんたちは、なんでここに居るの? わたしたちと同じように、これからプールに行くって感じだけど」


「あー、ええと………」


 宮子がそう訊ねてくるのも当然だろう。

 総司がバーベキューの誘いを断った理由は、鈴華たちの家の用事ということだった。

 しかし今の総司の格好といえば、先ほどの通り、Tシャツに短パン、サンダルと、樹たちと同じく、いかにも海やプールに行くぞというものにしか見えない。

 肩にぶらさげているスポーツバックも更にそれに拍車をかけていたし、ワンピース姿にトートバッグの鈴華や、同じように軽装のルリも同じようにしか見えないだろう。


「ええと、ルリがプールに行きたいと言い出して、ついてこいって鈴華が言うからさ。女だけだとさすがにいろいろと危険かなって思って、そうすることにしたんだ。それが用事というわけでさ……ははは」


 笑って誤魔化しながら、鈴華に同意をしろと視線を向ける総司。

 慣れたもので、鈴華はその意図に気付いてくれたようだ。


「総司さんの言う通りで、わたしが無理を言ったんです」


 申し訳なさそうな表情で、鈴華は続ける。


「みなさんにバーベキューに誘われたという話も、あとで総司さんに聞いたのですが、ルリちゃんをどうしてもプールに連れていってあげたいと思う気持ちが強くて——」


「みゃーこ、みゃーこ! きいて、きいて! ルリ! パパと、ママと、プールいく! あめやめーって、てるてるぼーず、たくさんつくった!」


 鈴華の言葉を遮るようにして、てるてる坊主をアピールし始めるルリ。前の飴のことがあったのか、ルリは宮子にかなり懐いているのだ。

 総司にとって、それはラッキーだったと言えるだろう。

 話が変わる気がしたからだ。

 それは正解だったようで、


「そっか」とルリに向けて微笑んで、その頭を宮子が撫でた。


「今日、晴れてよかったね」


「うん! よかった!」


「確かによかった。俺たちも、よかったぞ!」


 うんうんと頷きながら、そう続けたのは樹だった。


「なぜならバーベキューに行くつもりだったみんなで、プールに行けるんだからな!」


「確かに確かに、それはそうかも! 総ちゃんもそう思うよね?」


「そ、そうだな……」


 掃除はそうとしか答えることしか出来なかった。

 だが、その頬は引き攣ったものになってしまう。

 それは樹たち男子組に、ルリはともかく、鈴華の水着姿をまじまじと見られるのが嫌だったからだ。絶対にいやらしい目で見られるはずだし、それは、自分だけの特権にしておきたかった。


(なによりヘンなことを、鈴華やルリがしなきゃいいんだけど)


 そんな総司の不安は、残念ながら的中することになってしまう。

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