第18話



 俺たちはダンジョンの中層まで来ていた。

 ミルキが初心者ということもあって、ゆっくりと進んできたが、明日には最深部に辿り着けるだろう。

 俺は手近な休憩地点を見つけ出し、今夜はそこで野営をすることになった。

 アリシアが手際よく準備を進めてくれる。見つけたダンジョン野菜と魔物の肉で調理もしてくれるようだ。

 通常の四人パーティだと料理人がいないことが多いが、そのせいで劣悪な食事を取り、ダンジョンを攻略する士気が下がることがよくある。

 士気うんぬん以前に苦労してダンジョンに潜ってまずいメシを食わされるなど言語道断。

 その点、アリシアは一人でどんな料理もこなしてしまうので、本当にありがたい存在だった。

 加えて、最高峰の黒魔法使いというのだから、欠点などない。


「さ、どうぞ。二人とも、暖かいうちに召し上がってください」

「おっ、ハヤシライスか」

「ふふ」


 アリシアが俺を見て微笑む。


「……なんだアリシア?」

「いえ、べつに」

「子供っぽいと思っただろ」

「まさか。そんなことは」


 言いつつ頬が緩んでいる。

 ……仕方ないだろ! ハヤシライス好きなんだから!

 前世で高級料理を味わう前に死んでしまったからか、俺の舌は子供っぽいのだった。オムライスも好きだ。


「うーん……」


 ハヤシライスを食べながら、ミルキが紋章書を読んでいる。行儀が悪いが、俺は咎めない。

 純度の高い才能にワガママはつきものだ。それを許容できない時点で、その男の器が知れるというもの。


「どうしたミルキ、難しい顔をして。召喚魔法の習得はそんなに急がなくてもいいんだぞ?」

「いえっ! そういうわけにはいきません、レイジ様のパーティに加えてもらったからには、早く私も役に立たないと」

「そうか、うん、ありがとう。その気持ちは嬉しいぞ」


 大切なのは、労うこと。そして認めることだ。

 最初からやる気を削ぐような発言をして水を差してどうする?


「あっ……これなら、今の私でも召喚できるかも!」

「ほう、どれどれ……ケットシー(猫魔人)か。確かに初級の使い魔だな。挑戦するには無難だろう」

「はい! で、ではさっそく……」


 ミルキは絵筆ではなくハヤシライスのスプーンで素早く空中に紋章を描いた。器用である。


「召喚っ! ケットシー!」


 ぼふんっ!


「けほっけほっ……なんか黒い煙が出たぞミルキ」

「す、すいません……失敗しちゃったのかな」


 おそらくスプーンで描いたために少し紋章が歪んだのだろう。

 煙が晴れると、そこにいたのは……


「……我輩を呼び出したのはおぬしかニャ?」

「あ、ケットシー! やった、呼び出せたんだ」


 短い二本足で立った、黒マントを羽織った群青色の猫が、腕を組んで生意気に俺たちを見上げていた。腰には丁寧にひとふりの太刀もある。


「わ、私はミルキ! 君を呼び出した召喚士だよ」

「ふん、これはまたずいぶんとチンケな小娘に呼び出されたものだニャ」

「そ、そんなあ。言うこと聞いてよぉ」


 耳をほじり始めたケットシーに、早くもミルキが涙目になる。


「私、立派な召喚士になりたいの。ケットシー、手伝ってくれない?」

「うにゃ? 我輩を召喚しておいて立派ではないとニャ? これは無礼なやつだニャ!」


 フシャー! とケットシーがアラシを吹き始めた。


「あうう……レイジ様ぁ……交渉がうまくいきません……」

「がんばれミルキ。筋は悪くないぞ」


 俺はテキトーに返事をした。

 ケットシーと目が遭う。


「うん? お、おぬしは……ニャ、ニャー! 強大な魔力を感じる若造ニャ! 何者ニャ! 我輩は食べてもおいしくないぞ!」

「食べるか! 俺の名はレイジ。魔王討伐者だ」

「ま、魔王討伐者……道理ですさまじいオーラを放っているニャ」

「ほう、わかるのか」

「我輩は猫目で相手の戦闘力がわかるのニャ。レイジのはとんでもなく高いのニャ」

「こらっ! レイジ様でしょっ!」


 さきほどまでの弱気はどうしたのか、ミルキがケットシーをいきなり捕まえて抱きすくめた。叱ろうとしたようだが可愛がっているようにしか見えない。


「ニャー! 離すのニャ、このペチャパイ!」

「なんですってーっ!?」

「おいおい、喧嘩するな。やれやれ、前途多難だな」


 なにはともあれ、こうしてミルキは最初の召喚獣を手に入れたのだった。

 いつも魔王レンピトーを呼び出していたら魔力が尽きてしまうからな。


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