懐かしい店、つくりました。

Asano Mezame

第1話

 初めて入ったときから、その店はどこか懐かしかった。


 仕事が終わったいつもの帰り道、ふと目をやるとそこには暖かな雰囲気のレストランがあった。きれいで落ち着いた雰囲気のその店は、最近できたようにも感じれば、ずっと前からあったようにも感じる不思議な店だった。

 こんな店いつできたんだ?そう思ったころには、すでにつま先は店のほうを向いていた。

 白塗りの扉を押すと、心地よい鐘の音が迎えてくれた。

店の中は、4人掛けのテーブルが4つ置いてあるこじんまりとした造りで、どこか心地よい懐かしさを感じさせてくれた。


 「いらっしゃいませ。お好きなお席をどうぞ。」老紳士が優しく店内に迎え入れてくれた。

 席に座ると、4つのコースが書かれたメニューを見せてくれた。ふと、昔父親に初めて連れてってもらった喫茶店で食べたパスタを思い出し、ディナーにしては軽いと思いつつもパスタを選んだ。

店は一人で切り盛りしているようで、注文を受けると繰り返すことなくキッチンに向かった。

 店内は、統一感のある床や壁のなかに、少しだけ主張するかのように店長の趣味であろう絵や花が飾ってあった。

料理を待っている間、店の中を見回していると突然、その中の一つの絵に強く惹きつけられた。その絵は抽象画で、何が描かれているかはわからなかった。しかし、何となくだが、椅子に座っている女性にも見えた。その正体を掴みたくてじっと見ているうちにコースが運ばれてきた。

「おまたせしました。」

 運ばれてきた料理は、とてもおいしく、疲れた心と体を溶かしてくれるようだった。食べ終わるころには、心はこの店の雰囲気にすっかりつかまれてしまっていた。

 最後の皿がさげられたあと、老紳士が「いかがでしたか?」と話しかけてきた。

「とてもおいしかったです。絶対また来ますね。」とやや興奮気味に答えると、老紳士は幼子を見るように微笑んだ。

 話を聞くと今月オープンしたばかりという。去年、ずっと務めていたホテルのシェフを退職したが、じっとしているうちにまた料理が作りたくなり店を開いたらしい。その話を聞いている間もあの絵のことが気になって仕方なかった。

そして、話が一段落したところで、

「あそこにかけてあるのは何の絵ですか?」と質問を投げた。

すると、老紳士は少し目を細め「あの絵は私の古い友人がくれたものなんです。その友人は画家をやっておりまして、開店祝いにと書いてくれたものです。」と答えた。

「そうだったんですね。少し気になったもので…。とてもいい絵ですね。」と返した続けて、「何が描かれているんですか?」と聞いてみた。

すると、少し困ったように「実は、私もよくはわからないんですよね。」と答えた。老紳士がいうには、見る人によって受け止め方が変わり、違うものに見えるそうだ。

「見る人によって変わるなんて、面白い絵ですね。ぼくには、座っている女性に見えました。」と笑って言うと、老紳士は「踊っている男性に見えたり、食事をしている猫に見えたり、様々な人がいますね。ちなみに私は、最初何にも見えなくて逆に描いた友人を困らせてしまいました。」と笑っていた。


 もう少し店の中でゆっくりしていたかったが、明日朝早いこともあり、店を出ることにした。店を出たところで、記念にとスマホで写真を撮った。「また行こう。」そう思って家路を急いだ。



 次の日、目覚めがよかった。昨日あのお店でリフレッシュできたからだろうか。家を出るといつもより低い朝日がとても気持ちよかった。

 

 職場につき、準備をしていると後輩が「なにかいいことあったんですか?」と話しかけてきた。彼女は3年目だがなんでも器用にこなし、愛想もよいため、あらゆる人から好かれていた。後輩に昨日の店の話をして、写真を見せると「きれいなお店!行ってみたい!」と好感触だった。誘ってみると、木曜の夜なら空いているとのことだったので、仕事終わりに行くことになった。平然としつつも心の中は思いがけない幸運にほころんでいた。

 

 昼休みに店に予約の電話を入れると、老紳士も昨日の今日のことで覚えてくれていたようで、「気に入って下さってありがたいです。」と優しい口調で言ってくれた。老紳士の声を聴くだけで昨日感じた懐かしさを思い出し、想像以上に店にはまっている自分におどろいた。



 木曜の夜になり、後輩と一緒にあの店に向かった。「あの店だよ。」と指さすと「確かに雰囲気いい店ですね。先輩の言う懐かしい感じがわかります。」とあの時の自分と同じような様子だった。

 店に入ろうとするとちょうどお客さんが出ていくところで、出迎えた老紳士と目が合った。老紳士はにこりと微笑み、「いらっしゃいませ」とあたたかく迎えてくれた。

 


 店には自分たちしかおらず、貸し切り状態だった。

 席について注文を済ませると、彼女もあの時の自分と同じように店内を見回していた。「落ち着く雰囲気でいいですね。」といい、見回す視線があの絵にむかった。しかし、彼女の目線は絵を通り過ぎていき、元の位置に戻った。

 自分はあんなに目が離せなかったのに、どうしてだ?と思っていると、店内に流れている音楽が切り替わった。すると、

「音楽もいいですね。」と言い、じっと黙って聞き入っていた。

クラシック系の音楽に疎い自分には良さがわからなかったが、彼女が店を気に入ってくれているのは確かだった。


 店の雰囲気のおかげか、職場よりもくだけた感じで話すことができた。どんどん話を深めていくうちに気づいたら最後の皿も空になっていた。

 皿も下げ終わり、一段落したところで、

老紳士が「本日はご来店ありがとうございました。」と話しかけてきた。

彼女は笑顔で「とてもおいしかったです。」といった。彼女が料理や店の感想を話すした後、ふと例の曲について質問した。

老紳士は、「私が小さいころに聞いていた曲です。有名ではないですが、レコードを集めるくらい気に入っています。」と話した。

彼女は曲名を聞きすぐにスマホで調べたが、見つからないと知ると肩を落とした。それを見た老紳士は「レコードでしかないのでお貸しできせんが、次店に来てくれた時は必ずおかけします。」と慰めた。

「ありがとうございます。絶対また来ます!」と元気になった彼女を見て老紳士は、またあの幼子を見るような微笑みを浮かべた。


 店を出ると彼女は「いい店を教えてくれてありがとうございます。」と満面の笑みを浮かべた。

「気に入ってくれてよかった。」とほほ笑み返すも内心はそれ以上に喜んでいた。そして、来週も行こうと約束をしてそれぞれの帰路についた。



 家に着くとあの店にまた行けたことと彼女が喜んでくれたことに舞い上がっていた。

しかし、それと同時に疑問も浮かんだ。「どんな人でも懐かしくなるのだろうか?」気になると試さずにはいられなくなり、2,3人連れて行こうと予定の会いそうな人にLINEした。土曜なら予定が合うとのことで、友達を連れて4人で今度は昼に行くことにした。1週間に3回も行くなんてあの老紳士はどう思うだろう?電話したときどんな反応するだろう。ちょっとしたいたずらをするような気持になってねむりについた。


 翌日電話すると、老紳士は、声を聞いたとたん自分だとわかったようで「気に入って下さって本当になによりです。」と少し笑っていた。

 


 土曜になり友人を連れていくと店を見た途端、みな自分や彼女と全く同じような反応を示した。

 店内は奥様方でテーブルが3つ埋まっており、バイトであろう大学生が料理を運んでいた。老紳士も夜とは違い、少し明るめのシャツを着ていた。しかし、「いらっしゃいませ。」とあたたかく迎えてくれるのは変わらなかった。

 

 友人たちも注文が終わると店内を見回し、三者三葉それそれ違うものに興味を示していた。そして、その懐かしさに感化されたのか、学生時代の思い出話で盛り上がった。

そして、「また来ようね。」と約束をして解散した。

 


 それから何度もあの店を訪れた。その間に、後輩と付き合うことになったり、疎遠だった友達とまた会うようになったりと店を知ってからいいことばかりだった。

皆、あの店に懐かしさを感じ、誘われた人が誰かを誘って行くことも増え、とうとう予約の取れない日もできるようになった。



 春を迎えるころ、お客さんが増えたことを受け、店を広い場所に移転させることになった。

 自分の人生を充実させてくれたこの店に恩返しをするため、休日に店の引っ越しを手伝うことにした。彼女や友人たち、そのほかの常連さんも手伝うと言うと、老紳士は涙を流して喜んでくれた。


 店は意外にものが多く、絵画やレコード、店で着る服などが大量にあり、みんなで手分けしながらトラックに積んでいった。

 あらかたホールやキッチンの荷物が片付くと、今度は店の奥に行きまた、大量の段ボールをトラックに積みいれていった。中身は結構ずっしりしているが、段ボール箱には何も書かれていなかった。

「中身がわからないと困るんじゃないんですか?」と大声で聞くも、老紳士の耳には届いていなかった。もう一度聞こうとすると、ガムテープが緩んでいる箱が見つかった。

「ちょうどいい。ガムテープを張り直すついでに中身を見よう。」

ガムテープをはがし、ふたを開けると中には、書類やノートがびっしりと入っていた。ノートは表紙に「〇年09.01~12.01(初来店者)」とだけ書かれていた。

「このころに初めて店にいったんだっけ。」と思ってページを開くと中には、箇条書きでこのようなことが書かれていた。


「09.25

 17:30 50代女性1名来店 (詳細は別紙5-12)

 注文:ケーキセット 座席:窓際(東)3席

 興味対象:服:2 花:5 絵:1 音楽:4

 所見:感じ方が薄い様子。50代以上の女性によくみられる。

 会話時間:25分

 備考:なし


 20:32 20代後半男性1名来店(詳細は別紙5-13、6-22、10-1)

 注文:パスタコース 座席:窓際(西)③席 

 興味対象 服:5 花:4 絵:8(座った女性に見えた)音楽:2

 所見:やや興奮気味。(詳細は別紙5-13) 

 会話時間:15分(詳細は別紙5-13) 

 備考:2日後に再来店」


「なんだこれ?」どのページにも同じような形式で書かれていた。

「9月25日に来た20代後半男性って俺だよね…。」気になって一緒に入っていた別紙の資料を見てみると、数字やグラフがびっしり書かれていた。詳しくはわからないが、グラフのメモリから入店してから退店までの時間に取られたデータだとわかる。

「データを取ってたんだ。」どうやって取ったかはわからない。でも、視線の動きや体温、声量、会話内容など様々なデータがとられていた。


「データをもとに、反応の大きかったものをより強調していって懐かしさをより感じてもらえるよう与える刺激を変えていったんです。」

振り返ると老紳士が立っていた。

「今の時代、データは大変貴重です。私たちの研究はただのマーケティングだけではなく、いずれ人の行動を無意識にコントロールできるようになるはずです。あなたが、そうだったように。そして、あなたが一番のめりこんでくれた。」


動こうにも体が動かなかった。

「次の研究にご案内します。」そういうと目の前が真っ暗になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

懐かしい店、つくりました。 Asano Mezame @chocolate0001

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ