黄金の国

きさらぎみやび

黄金の国

 久方ぶりの旅行の道中のこと。

 ハンドルを握っていると道沿いに立っていた『パチンコ ジャパン』という看板を見て、助手席に座っている妻が突然に呟いた。


「なんだっけ、ジパング、だったっけ?」

「何の話?」

「昔は日本ってそう呼ばれてたんでしょ?」

「ああ、『東方見聞録』ね。マルコ・ポーロでしょ」


 そう答えたが、妻はあまりピンと来ていないようだった。

 しきりに首をひねってどうにか頭の片隅から記憶を取りだそうとしている様子。ジパングという呼称は知っているのに、マルコ・ポーロは知らないのだろうか。


 さかんに首を振っているが、頭の中のどこかに引っ掛かって出てこないらしい。よく神社とかにおいてある御神籤じゃあるまいし、そんなに降ったって耳の穴あたりからぽろっと出てくるわけじゃないだろうに。

 ぶつぶつと「マルコポーロ……マルコポーロ……」と呪文みたいに呟いている。暫くすると、ようやく思い出したのかポンと手を叩いて叫んだ。


「あ!思い出した、あの十字架もってカッパみたいな頭している人でしょ!」

「……うん、たぶんそれはフランシスコ・ザビエルだね」


 どうやらマルコ・ポーロの顔を思い出そうとしていたらしい。そんなの僕だって知らない。


「あー、違ったかー。高校の授業は地理選択だったからなー」

「そういう問題でもないと思うけどね……。そもそもマルコ・ポーロって日本に来たことはないんじゃないかな」


 そう教えてあげると存外驚いたらしく、こっちを睨むようにして彼女が言ってくる。


「そうなの!?何それ知ったかぶりじゃん!」


 そんなに怒らないでも。

 当時の移動手段を考えれば、彼のいたヴェネツィアから東アジアまでは遥か遠い場所に位置しているんだから。


「うん。誰かから聞いた話を書いただけらしいよ。だから時々変な記述があるし」

「例えば?」


 思った以上に彼女がこの話題に食いついてきたことに驚きつつも、今度はこちらが首をひねりつつ何かの本で読んだ記憶を頭の片隅から引っ張り出す。


「確か人を食べるなんて記述もあったんじゃなかったかな」

「えー、なにそれ。適当にもほどがあるじゃない」

「でも一番有名なのは王の宮殿が金で出来ているっていう話だよね。中尊寺金色堂がモデルなんじゃないかって説があるけど」

「なるほどねー。行ったことないけど」

「今度はそっち方面行ってもいいかもね」


 今日は新潟方面への旅行なので、せっかくだけど今からそちらへ向かうには日程的に無理がある。


「ああ、でもそれなら」

「ん?」


 思いついて、新潟市外へ向かうルートをちょっと変更する。

 直接市街地へ入っても良かったけど、この季節、この時間帯なら少し遠回りするだけであの景色が見られるはずだ。

 不思議そうにこちらを見て来る妻に対して意味ありげな笑みを見せながら、車を走らせる。


 しばらく走ると、市街地の周りを取り囲む一面の水田地帯が目に飛び込んできた。


「ほら、これが黄金の国だよ」

「ああ……」


 目の前に広がる風景をみて、彼女が息を飲む。

 時刻はちょうど夕暮れ時。夕日の光を受けて黄金色にさざめく稲穂が一面に広がって、それはさながら黄金の絨毯だった。


 もしかしたら、こんな風景が海の向こうへ伝わっていたのかもしれないな。


 言葉もなく目の前の景色を感動をにじませて見つめる妻を横目に見ながら、僕はそんなことを思ったのだった。

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