第3話 平穏主義は何がいけない (田村)

 あの親子が、突然、連絡もなく、話し合いをしたいと学校にやって来た。本当は、教室で、数学の授業を行う予定だった。学級委員の三谷春海に伝えたが、それをする前に、親子が姿を現した。どうにか穏便に話を進めることに最善を尽くそう。

 やって来た新谷一樹が目に入る。挨拶もせず、ソファに座った。制服を着ていなく、みすぼらしい汚らしい服装で髪の毛は寝起きじゃないかという姿だった。別室登校でもそうだが、学校に来ても、いつも制服を着ることはなかった。それと対照的に母親は小綺麗なワンピース姿だったが、化粧が濃いめな気がする。

 いつもと変わらない話し合いだ。学校としては何も変えることはできなかった。もう受験勉強の真っ最中だ。その生徒たちことで、手一杯なのに、不登校のころまで考える余裕はない。

 親子は学校に「教室に入れるようにして」「無視しないように学生に言って」「友達をつくれるようにして」「気分よく生活できるようにして」と要求してくる。実際、「教室に入るな」とは誰も言ってない。勝手に入れなくなっているのは新谷自身の責任で、こちらの仕事ではない。無視をしないように、友達を作れるようにと要求されても、生徒たちの性格や好みもある。それを教師が指導できるわけがない。気分よく生活させろと言われても困る。誰でも我慢してると言ってしまえば終わりかもしないが、生きている限り、人と関わって生活をしないといけない。お互いに配慮して、過ごさないといけないものだ。それをどうにかして、気分よく過ごせるようしろと言ってるようなもので、これも教師の仕事とは思えない。

 アンケートの時もそうだが、あまり生徒たちが乗り気ではなかった。「書かないといけないですか?」「めんどくせー」「頭おかしいんじゃないの?」などの声もあった。そのアンケートを一度確認をしてから、彼ら親子に見せる予定だった。やはり乗り気ではなかったので、ほとんどアンケートに空白が目立っていた。なので、それを見せずに集計結果のみが記入された紙を提示すると、「なんで、まとめたものしか提出できないんですか?そうやって、学校は隠ぺいしようとする」と声を荒げて母親は怒っていた。親子を納得させることは学校で行うことはできないのだろう。なので、いつも話が平行線のまま現状が動くことはなかった。とりあえず、俺は心がけたのは彼ら親子に言われたことだけに対応した。新谷が2年生の時に担任であった村上先生も、あの親子は適当にあしらえばいいとアドバイスされこともあった。

 それに、新谷自身もあまり学校生活に対して積極性に欠けてる気もしていた。別室登校での課題のプリントを渡しても、ほとんど記入せず。悪戯書きが目立つ。能力に応じてプリントを作成するのが筋なのだろうが、どれだけの知識があるのかが把握できないので、現在、進めている授業の問題集のコピーを渡していた。ただ、プリントに関して、何も苦情を言われたことはないので、問題はなさそうだ。3年生が終われば、親子ともおさらばだ。それまで、平穏無事に過ごすことだけはやめないでいよう。

現状維持で話が終わった時には、授業開始から10分は過ぎていた。「すみませんが、私も教室で授業がありますので、これで」と校長室を出た。

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