終 葵の回想

 時は流れ、12月も半ばになった。今日、葵は1人で、<月見亭>に来ていた。

 「事件が一つ解決したんだって?楓ちゃんから聞いたよ」

 「ええそうなの」

 葵はマスターの新井の質問に答えた。葵は心中、思った。

 「せやけど、本当に解決なんやろうか。うちとて、あの真江子のこともあるし、克雄さんのような問題は、あちこちの家にあるはず。その意味では社会的には色々、続いているのであって、≪解決≫とは必ずしも言えんやろ。それと、美紀さんと祐也君、これから、大丈夫やろうか。おじさんがおじいちゃんやおばあちゃんを殺したなんてことやから、学校で、それこそ、いじめなんてことになるかもしれんし」

 この点では、美紀がある意味、両親を嫌い、離婚後も旧姓に戻らなかったのは、カムフラージュとしては良かったかもしれない。あるいは、そもそも、そのために、婚姻中の姓をそのまま使っていたのかもしれない。

 加えて、逮捕時、最初はおどおどしていた克雄の態度が、護送される時には、堂々としていたのは、なぜだろうか。

 殺人と言う犯罪によってとはいえ、ある種の

 <抑圧者>

を払い除け、それこそ、母・和子がいう

 「強くなりなさい」

を実現できたからだろうか。そうだとしたら、他の方法はなかったのだろうか。しかし、  

 各<個人>は

 <社会>

 という相互作用を生きる、

 <社会>

と一体の存在である以上、その中で追い詰められていたとしたら、本件のような手段しなかったのかもしれない。その意味では、

 <社会>

の一翼を担う、弘と和子が

 <昭和>

的価値観云々でなければ、避けられた事件かもしれなかった。但し、事件解決の糸口は、昭和以前から続く

 <戸籍>

という制度によるものであり、既に今日の<社会>にそぐわない<昭和>が起こした事件を<昭和>の制度が解決するという皮肉な結果となった。

 そして、家族内の揉め事は何処の家にもあることから、葵とて、万が一、今回の克雄のようなことにならないとも限らないだろう。

 「ほんま、克雄さん、大学院進学への親からの支援とか、≪ツキ≫があれば、奇麗な≪月≫を為し得たかもしれんのにな。人の人生って、ほんまに紙一重や。あと、藤原夫妻は近所には評判が良かったとのことやけど、ある種の滅私奉公と思って、周囲には良い顔をしていたのかもしれん。克雄さんが奪った金も、その金やったんかもしれんな」

 そのように、心中で呟くと、ウイスキーを飲んだ。これから、彼女の警察人生はまだまだ、続くだろう。そのためにも1日1日を大切にし、疲れを癒さんとする葵であった。


(完)

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203X年―ある家族内の暗闘 阿月礼 @yoritaka

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