第7話 進展

7-1 出勤途上にて

 葵は昨日、<月見亭>にて酒に酔ったせいか、少々、思っていたよりも早く目が覚めた。目覚ましは、スマホのアラームにて、午前7時30分にセットしていたものの、見れば、


 ・5時55分


である。

 このまま、二度寝しようかとも思ったものの、それができそうにもない。葵はスマホのアラームを切ると、そのまま、シャワーを浴びた。冷たいシャワーを浴びると、何かしら、ぼんやりとしていた頭もすっきりし、目も覚めて来た。

 「佐藤美紀さんか。私と同じ30代の女性。どんな方かな」

 まだ自宅内の葵ではあるものの、早くも


 ・勤務状態


に入っていた。

 「ぼんやりとはしていられない。職場で仕事としてすべきことや。そろそろ行かないと」

 シャワー室を出た葵は身支度をして、自宅を出た。

 マンションのエンタランスホールから、外に出てみると、外は曇っている。昨晩の雨のせいもあろう。昨晩、思ったように、何となく、涼しいような感じである。葵は駅に向かいつつ思った。

 「せやけど、空が晴れたら、昨日の雨と、今朝の天気の裏返しで、又、暑くなるかもしれない」

 いつもの如く、駅から、定期で改札を通り、電車、地下鉄を乗り継いで、桜田門前へ、といういつもの出勤ルートであった。

 吊革につかまりつつ、葵は思った。

 「≪月見亭≫か。新井さんが言ってはったな、お客人達の月のような美しい人生が見たいって。せやから、『月が見たい』、それで≪ツキミテイ≫として、≪月見亭≫なんやって。せやけど、私等、刑事の仕事は、ある意味、最も、醜い部分を見ることや。佐藤さんについて調べていったら、何か、見なくてもええようなとんでもないもんも見えるかもしれん。せやけど、これがうちの仕事や」

 葵が、心中、このように思うのは、やはり、毒母・真江子のことがあり、その意味では、彼女自身に、ある種の

 <醜いもの>

が、自身の生活の中にあり、事件の背後にあるものを、自身の生活の実態から、イメージできるからであろう。

 <醜いもの>

はある種、誰の生活、心中にも存在するのであろう。しかし、この

 <社会>

にて、時として、犯罪が発生が発生するのである。故に、警察が必要であり、葵の立場があるとも言えた。しかし、多くの人々は、犯罪に手を染める前に、自制しているのである。

 「せやけど」

と葵は心中にて、つぶやいた。

 葵も1人の女性であり、感情を持つ人間である。自身のベクトルがある。血の繋がった親子と雖も、別人格である。だから、実母・真江子がまさしく

 <毒親>

として、彼女に対して、立ち現れるのである。

 葵の中にも、怒りの火種があるのである。それは、日常の中の

 <犯罪への火種>

と言って、良かった。それは、同じく、日々の生活の中に

 <着火原因>

さえ有れば、誰にとっても、発火し得るものであろう。葵にとっても、それは例外ではあるまい。

 しかし、葵が警部補の階級を持つ警視庁捜査一課の刑事になれたのも、ある意味、毒母の存在故かもしれない。

 いつかも、心中にて思ったように、

 「アホな毒母の真江子に負けたないやろ」

 この思いが、葵の闘志を掻き立てているのであり、この思いが原動力となって、今日の立場があると言えるのである。

 改めて、思うに、

 「何処へ行っても、人間、それこそ、人間関係からは離れられない。その中で、どのように転がっていくのか」

 そんなことを考えているうちに、彼女の乗る地下鉄は<桜田門>に着いた。ホーム側の戸が開き、葵を含め、通勤客が一斉に下車した。


7-2 業務用電子メール

 「おはようございます」

 葵は、朝の挨拶をして、捜査一課の部屋に入った。

 「あ、お早う、山城君」

 警視の本山が、すぐに反応した。

 「それと、塚本君も」

 既に、出勤し、デスクについていた楓を含め、彼女ら2人をデスク脇に呼んだ。

 「佐藤美紀氏の件だがね」

 そう前置きすると、

 「既に、電話番号と住所は分かっているわけだ。今回の件で、参考人の1人となるべき人物だ。山城君には、任意で彼女に聞き出せる事情を聞き出してほしい。それと、塚本君は戸籍謄本を調べる等して、被害者の家族関係を洗って欲しい」

 「了解です、警視!」

 葵はまず、いつものように、デスクにつくと、業務用パソコンを開き、業務用の電子メールを確認した。本日も

 <藤村夫妻殺人事件に関する情報>

と題して、電子メールが数件、届いていた。そのうち、1つが、

 <藤村家の家族構成>

と題するもので、既に、捜査の必要上、周辺住民から聞き込んだこと等が情報として来ていた。

 葵としては既に分かっていたことであるものの、改めて確認すると、夫妻の息子として、


 ・克雄


そして、その妹として、


 ・美紀


がいるのであった。

 葵は、美紀に注目した。楓が入手したスマートフォンの通話記録と同じ氏名だからである。

 「佐藤美紀さんって、おそらく、藤村夫妻のお嬢さんなんやろうな」

 本山が上司として、楓に戸籍謄本をとるように言ったのは、無論、こうしたことを確認するためである。

 楓は、既に、事件現場を管轄する区役所に電話での連絡の後、捜査一課の部屋を出、戸籍謄本等の入手のため、事件現場を管轄する区役所に向かっていた。


7-3 区役所

 管轄の区役所に着いた楓は、受付にて、自身の名刺と警察手帳を受付係に見せ、来訪目的を告げた上で、住民票等のフロアを問うた。

 訪問目的を確認した受付係は、案内のカウンターから、内線電話をかけ、

 「今朝、お電話くださった警視庁の塚本警部補がお越しです」

と当該係に連絡した上で、当該課のフロアを案内した。楓は案内係に礼を言うと、エレベーターにて、その階に上がった。

 エレベーターから降りて、天井を見ると、

 <住民表>

という表札の下がっている個所があった。数人の順番待ちの市民がいるらしい。楓も傍らの発券機から、番号札を取った。番号札には

 <306>

とあり、カウンターを見れば、数人の職員がカウンター越しに応対していた。そのカウンターの上の方には、現在の応対番号が電光掲示板にて掲示されている。

 暫く、フロア内の長いすに腰かけていた楓ではあった。しかし、カウンターの一番右の男性が立ちあがると、電光掲示板が点滅し、

 「306番の方、こちらのカウンターにどうぞ」

という職員の声が上がった。楓は、カウンター越しに、

 「すみません、お忙しいところ恐れ入ります。警視庁の塚村です」

 そう言って、改めて、警察手帳と名刺を差し出した。

 「警視庁の塚村さんですね。お待ちしておりました」

 住民票と戸籍謄本を楓の前に差し出した。

 藤村夫妻の本籍地は住所があるこの区だったので、謄本もすぐに取れたのであった。

 それらからわかることは、殺害された藤村弘と和子はそれぞれ、


 ・1955年10月某日と1958年6月某日


であり、203X年の現在では、70代の人物であること、娘の美紀は婚姻によって、他所に転出していること、戸籍謄本からは、除籍になっていること、更に、美紀の兄の


 ・克雄


については、その存在が住民票からは7年前に職権消除となっていること等、何かしら不審な家族関係であった。

 「ちょっとおたずねしますが」

 そう前置きし、楓は職員に、克雄が職権消除された理由を問うた。

 「それについては分かりません。今回殺された藤村夫妻もあまり言いたがらなかったようですし、克雄さんの行方はつかめなかったようです。ですので、私達は法に則って、処分しただけですので」

 これはほぼ、予想された回答であった。又、本籍地もこの区であることから、楓は、

 「藤村さん一家って、代々、この辺りの住民なんですか」

と問うた。

 「ええ、そのようですね。ただ、藤村さんの親御さんは既に亡くなっていますし、最近では2人暮らしだったようです」

 「分かりました。ご協力ありがとうございました。又、何かあれば、宜しくお願い致します」

 楓は、一礼すると、カウンターを立ち、そのまま、区役所を後にした。

 楓は、往路と同じ路線を逆に、電車等を乗り継ぎながら、思った。

 「葵が言うなら、被害者は周囲から恨まれる存在ではなかったらしい。そうすると、やはり物盗り?しかし、なぜ、藤村宅?」

 そのように思いつつも、

 「ま、とにかく、被害者の周囲の人間関係を洗わないと」

 そんなことを考えているうちに、地下鉄は桜田門駅に到着し、楓は警視庁本庁舎に帰庁した。

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