悪役令嬢に転生したので職務を全うすることにしました

白咲実空

第一章 籠の中の鳥

1

植物が生い茂った部屋に、少女はいた。

机の上にはパソコンや植物に関する本が並んでおり、壁には所狭しとチランジア・ウスネオイデスやポトスなどがかけられている。

「これはエケベリアというんだ。まるで絵画のようだろう」

そう、少女に説明する1人の男。

「こっちはグリーンネックレス。母さんのお気に入りだ」

一つ一つ、目を細めながら少女に言っている。

「じゃあ、こっちはなんですか? 」

少女が指さしたものは、外にある立派な大木だった。しなやかに揺れるそれは、夏が始まったこの時期に見るととても涼しげだ。

「あれは、柳というんだ」

男の目が、さらに細められる。

「ヤナギ? 私の名前と一緒ですね」

少女が興味を持ったように柳に釘付けになった。

「ヤナギとは、どんな植物なのですか? 」

少女の問いに、男は少し考えてからこう言った。

「それは、やなぎが見つけなさい」

「私が、ですか? 」

「ああ。一生かけて、この立派な柳のようになりなさい」

少女、やなぎはもう一度、自分と同じそれを見つめる。

幼い少女には、男の言っている意味がわからず首を傾げた。

ただ、男、父の言ったように、自分はこの柳のようになろう。それだけを、心にとめた。




それから数年後。

新しい制服に身を包み、鏡の前で髪を何度もとかされているやなぎの姿があった。

「お母さん、もうそろそろいいのでは……」

「だーめ! 第一印象が大事なんだから。髪くらいきちんとしないと! 」

放った言葉は母に華麗にスルーされた。

髪を弄られ続けて、もう数十分が経とうとしている。やなぎの髪はショートカットなのでくくることは難しいのだが、少し編み込んでみたりピンでとめてみたりと、母は器用にあーでもないこーでもないと鏡の前で奮闘している。

「うん! やっぱりこれが1番ね! 」

結局、いつもと変わらない何の変哲もないただのショートカットになった。

編み込んでいなければ、ピンでとめてもいない。

さっきまでの時間は何だったんだと、母の方を向く。

「やっぱりいつものが1番よ! これが1番、やなぎらしいわ! 」

そんな母に呆れ顔を浮かべることもなく、やなぎは鏡から離れた。

入学式はお昼からなので、先に昼食を済ませるべくテーブルに向かう。

温かいご飯に焼き魚、豆腐に味噌汁と、いつもの和食が鎮座していた。

「あ、やなぎーお父さん呼んできてくれる? たぶん自分の部屋にいると思うからー」

「はい」

父は職場が家なので、基本的には一日中家にいる。

2階に上がり、シュガーバインが掛けられた扉を2回ノックし、声をかける。

「お父さん。昼食の時間です」

すると、本を閉じる音がした後

「わかった。すぐ行く」

と声がした。

瓦屋根が敷き詰められた和風の家は、見かけによらず中はフローリングの床とふすまではないドアがある。

和室もあるがお客様が来た時にしか基本入らない。

お洒落な雑貨なんかなく、あるのはただ、植物だけ。

あっちにもこっちにも、見渡す限り花、花、花。

「あら、このスイセン、もう咲いたのね」

父の分のご飯をテーブルの上に置きながら、窓辺に飾られているスイセンの花を見て、母が嬉しそうに笑った。

「庭の桜の木も、もう満開ですね」

「本当!もうすっかり春ねぇ」

母は春が好きだ。

「すまん。仕事が長引いてしまってな」

父が1階へ降りてきて食卓につくと、やなぎと母も椅子に座った。

「それでは、いただきます」

そうして、暫く咀嚼していると、母が躊躇ったように口を開いた。

「やなぎ、今の高校で、本当によかったの? 」

「由美子、食事中だ。静かにしなさい」

食事中に話すことを嫌う父が少し注意すると、母は不満そうに箸を一旦箸置きに置いた。

「だって、私1度も聞いた事ないわ! この子が、豊ヶ浜高校に行きたいって。やなぎ、本っ当に、豊ヶ浜高校でいいの? 」

やなぎも一旦食べるのを止め、箸を置く。

「お父さんが、豊ヶ浜高校に行きなさいと言ったので、私はそうしただけですが…何か問題があったでしょうか?」

母の顔が更に曇ったのに、やなぎは気づかないまま昼食を再開する。

ご飯を食べる父とやなぎを見て、母は父に荒だった声をたてた。

「あなたがやなぎの希望も聞かず勝手に高校を決めたから……」

「豊ヶ浜高校は偏差値が高いし、少し遠いが、ここら辺で1番良い高校だ。やなぎのためを思って選択した高校だ」

そう言って味噌汁を啜る父を見て、母が大きなため息を吐いた。

「良い高校? 頭が良い高校だけが良い高校とは限らないわ。いつもそうね。やなぎにああしろこうしろって言って、やなぎの意思は聞かないで……」

「由美子、早く食べろ。冷めてしまうぞ」

父に言われ、またため息を吐いた後、ようやく母は箸を手に取った。

「やなぎ」

「なんでしょうか? 」

「何でもいいが、成績は1番をとること。いいな?」

「わかりました」

「あなたっ! 」

父と娘の会話に、再び声を挙げる母。

そしてまた、口論が始まる。

昔から、そうだった。


「成績は常に上位でありなさい」


「あそこの高校に行きなさい」


「やっぱり、あっちの高校へ行きなさい」


いつも、父の言う通りにしていた。

「はい」と返事をして、成績は常に1番だったし父の言っていた豊ヶ浜高校にも合格した。

やなぎは、そういった父からのいわば「命令」のようなものに、何の疑問も抱くことはなかった。

父の言う通りにしていれば、間違えることはないのだから。

父だけではない。

母の言葉も、学校の先生の言うことだって全部聞いてきた。

「ああしなさい」と言われればあれをして、「こうしなさい」と言われればこれをする。

昔からそういうふうに生きてきたから、今更疑問を抱くことなんてない。

やなぎにとっては、これが当たり前、これが普通なのだ。

母は、そんなやなぎを見る度に顔を曇らせ、父と口論した。

そしてやなぎはそんな母を、いつも不思議そうに見つめていた。

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