8


『そ、そういえば詩色くん。なにかお買い物してきたの?』


 僕に頭を撫でられながら、フウチはタブレット端末にそう書いた。顔は真っ赤だけど、僕の目をチラチラッ、と。気にしながら。見ながら。


「あ、ああ、うん」


 対する僕もこんなである。ずっと顔面灼熱。


 きっと僕も顔真っ赤だろう。チラチラ見られると、そのたびに、死んだり生き返ったりしている状態だ(ゾンビじゃねえか……)。


 僕は、名残惜しい気持ちはあるが(名残惜しい気持ちバリバリだが)、フウチの頭から手を離し、買ってきた袋からタブレット端末を取り出して、フウチに見せる。


「これ、買ってきたんだ……」


 果たして、自分のタブレット端末の色違いを見せられたフウチが、どのようなリアクションをしてくるのか——小心者でビビリの僕は内心、引かれないだろうか、ドン引きされないだろうか、と。相変わらずの小物っぷりを発揮していると、フウチは、


『お、お……おお! 私のと同じやつだあ!』


 そう書いてから、両手を大きく上げたり下げたりしていた。なんだろうか。選挙で当選した後のバンザイみたいなアクションである。というかバンザイである。


『お揃いだあ! わーい!』


 ふう——と。そのリアクションを見た僕は、どうやら引かれなかったようだ、と。心底安堵の息を漏らし、安心をした。良かったあ……。


「……引かれるかと思ったよ」


『ん? なんでなんで?』


「だって、勝手にお揃いとかされたら嫌かなあ? って思ってたから……」


『そんなわけないよっ! 嬉しい! はいふぁーいぶ!』


 書いたその手で、フウチは手を出して来たので、僕も「はいふぁーいぶ!」と。出された手に、ハイタッチ。


『いえーい!』


無鳥なとりもフウチとお揃いに、って。僕たち三人はみんな、同じタブレット端末を手にしたよ」


『おお! やったー! わーい!』


 本当に嬉しそうだ。その笑顔を見れただけでも、タブレット端末を妹におねだりした甲斐かいがあると思わせてくれる。タブレットをねだって、妹に一発蹴られたあの日の僕は、決して無駄ではなかった。まあ、フウチの頬は赤いし、僕の目をチラチラ見ながらなので、文字のテンションとリアクションが異なっているようにも感じるが、今となってはもはや、それも含めてフウチの魅力——と。そう思えてしまうから不思議だ。惚れたら負け、って、こういうことなのだろうな。


「そうだ。せっかくだから聞くけどフウチ。どうせなら、タブレット端末を使った遊びを考えたいんだけれど、なにかあったりするか?」


 筆談部の部長として、僕はきちんと活動しようとしている。結構真面目なのだ、僕。良い機会だろうし、タブレット端末の先輩から、アドバイスを頂戴することにしようではないか。冷静になるついでに、って感じだが。


『んー。じゃあ、こういうのはどうかな?』


 と。僕の言葉を聞いたフウチは、タブレットにそう書いてから、続けて、


『朝起きて、鞄を履いて、靴を背負って出掛ける』


 と、そう書いたタブレットを僕に五秒ほど見せて、隠した。


「もしかして、間違い探しか?」


『そー! さっすがあ!』


「なるほど。それは結構面白いな」


 間違い探し。そのままの通りで、間違い探しである。


 さっきのフウチが書いた文章には、見てわかる通り、間違いが含まれているのだ。練習問題みたいなもので、今回は簡単なものだが、一応答え合わせをすると、次のようになる。


 フウチが書いた文章が——『朝起きて、鞄を履いて、靴を背負って出掛ける』だった。


 一瞬だけだと見落としてしまうかもしれないが、よく見ると、言わずもがな。だろう。


 鞄と靴が逆になっているのだ。


 この文章だと、カバンを履いて、クツを背負うことになる。とんでもねえ変人のバースデーだ。


 なるほど。このように、字面じづらの似ている漢字を組み合わせて、間違い探しか。


 ふむふむ。今考えるのは難しいが、探せば結構バリエーションは豊富だろう。帰ったら漢字を探して、早速僕も制作に乗り出そう。


「よし、それ採用」


『いえーい!』


「他にもなにかあるか? あるなら聞きたいんだけど」


『うーん……。犯人当て!』


「なんだそれ?」


『えとね……説明が難しいなあ……。上手く整理出来たら、部活でやってみようよ?』


「確かに、それが一番わかりやすいのかもな」


『うん!』


「それにしても、もしかしてフウチ。タブレットを使った遊びを考えるの得意だったりするのか?」


『得意と言うか、いつかお友達とやってみたいなあ、って。ぼんやりと考えてたの』


「じゃあそれ。どんどん部活でやろうぜ」


『わーい! やったあ! 楽しみ!』


「部員も増えたし、遊びのバリエーションも増やしていきたいからな」


『あ、でも。その進入部員の人、タブレット持ってるかなあ?』


「んー。持ってなくても、あの後輩ならすぐ買うと思うぞ」


 おそらく無鳥と同じやつ。僕と思考がそっくりだけれど、矢面やおもては僕と違ってなかなか積極的な気がするし、たぶん持っていなくても、すぐに無鳥と色も同じやつを購入すると思う。下手したら、すでに持っていたとしても、無鳥と同じやつを買ってくる可能性すら感じさせる。


『みんなお揃いかあ……えへへ』


 本当に嬉しそうに笑うなあ。


 筆談メインのフウチは、人とのコミュニケーションに飢えていたのかもしれない。会話が可能だと言っても、なかなか筆談で会話をし続けるのも難しかったりするのだろうな。


 でも——どうしてなんだろうか。どうしてフウチは筆談なのだろうか。今更ながらの遅まきな疑問かもしれないが。


 だが、中学生の時——初めてフウチと会ったとき。


 あの時のフウチは——


 僕がナンパしていたやつを怒鳴り散らして、そのナンパ男が立ち去ってから、あの時のフウチは僕に言ったのだ。もちろん、筆談ではなく、声で。音声で。


 片言だったけど、よく覚えている。


 ありがとざます——と。片言で僕に言ってきたのだから。あの時の声を僕は良く覚えている。


 だって印象が強いからな。ありがとざます、って。そりゃあ忘れねえだろ。片言じゃあなかったら、どこのセレブだって思ってしまうぜ。


 それに対して、僕は格好をつけ——また何かある前に、ひとまずここから離れた方がいいぜ。とか言ったっけなあ。我ながらいい格好しいだな。コミュ症のくせに。まあ、声が裏返った記憶があるが……。


 おそらく、フウチが休学した理由と、筆談になった理由は、なにか関係があるのだろう。


 たぶんそれが、九旗くばた先生が僕に釘を刺した部分——聞き方を間違えるなよ。ってことだろうな。


 なら、それに関しては、今の僕にどう訊ねれば良いのかわからない。そもそも、訊ねて良いことなのかもわからない。


 共通点——とも言ってたか。九旗先生は。


 果たして僕とフウチの共通点とは、なんのことだろうか。現状では、ぼっちだったくらいしか思い浮かばない。


 まあ、それもいずれ——訊く時が来るのかもしれない。


 あるいは、僕から訊かずとも、フウチから話してくれることがあるかもしれない。チキンの僕的には、話してくれるのを待つことになりそうだが。


 どちらにせよ、今焦って訊く話でもあるまい。


 まだまだ、これからも部活とかあるしな。


 僕がそんなことを考えていると、フウチは急に立ち上がり、小物入れサイズの引き出しから何かを取り出し、取り出した何かに、何かを書き出した。


『どーぞ』


 と。僕に渡して来たのは、果たして、


「お名前シール……」


 だった。幼稚園児とか、小学生が筆箱などの持ち物に貼るようなシール。お名前シール。


『みんなお揃いだと、わからなくなるかもしれないでしょ?』


 渡されたお名前シールには、平仮名で僕の名前。『しいろ』と。フウチの可愛い直筆の僕の名前入りのシール。


 シールを受け取った僕は、自分のタブレットの後ろに、お名前シールを貼った。


 なんか地味に恥ずかしいな——と、そう思っていると、フウチからペンと新しいお名前シールを渡される僕。


『私の名前は、詩色くんが書いて?』


「了解だよ」


 受け取った名前シールに、僕もフウチの名前を書く。フウチが僕の名前を平仮名で書いたので、僕も同じく平仮名で、『ふうち』——と。なんだか平仮名で書くと、より一層、可愛い名前に見えてしまう。平仮名の魔法である。


 僕が書いたそのシールを、フウチも自分のタブレットに貼った。僕と同じように、裏側に。


『これで私たち、お揃い……だね』


 そう書いたタブレット端末を、抱きしめるように持ち、フウチは照れ臭そうに笑った。


「お揃いだな」


 僕が言うと、フウチは、無言のまま——チラチラと僕を見て、嬉しそうにハニカム。


 くそう。可愛いなあ。僕が行動力のある人間なら、今すぐにでも抱きしめたいくらいだ。


 チキンの僕はその笑顔を、顔面が熱くなるのを感じつつ、ニヤニヤをこらえながら眺めることしか出来ないけども。


 その後は、しばらくタブレットで筆談をしたりして結構遊んで——そろそろ日も沈む時間である。


 残った唐揚げは、タッパーに移して。


 いよいよ、帰宅する時間だ。


 名残惜しい気持ちはあるが、さすがに泊まり込むわけにもいかないし、なによりお見舞いでここまで長居したこと自体、マナーとしては悪いだろう。


「長居して悪かったな」


 玄関で靴を履きながら、僕はフウチに言った。


『ううん。来てくれて嬉しかった! 楽しかった!』


「そっか。そう言ってくれると、僕も嬉しいよ。僕も楽しかったよ」


『また学校で……ね?』


「うん。また学校で。お隣でな」


『うん! 今日はありがとう!』


「どういたしまして」


 こうやって返すことが先生からの教えだったか——と、そんなことを思いながら、僕は玄関を開けた。


「お邪魔しました」


『ちょっと待って……』


 と。玄関を閉めようとすると、フウチはそう書き、僕の近くへ。


「どうした?」


 僕が言うと、フウチは、恥ずかしそうに僕を見上げながら、ドアノブを掴んでいない方の僕の手を両手で持ち上げ、自分の頭に乗せた。


「……甘えん坊さんだな」


 僕は小さく呟き、彼女の頭を撫でる。


 なんだかネコみたい。恥ずかしそうな顔してるくせに、甘えてくるのが、とても可愛くて。より一層、帰るのが名残惜しい気持ちでいっぱいになる。


 まあ、本当に帰らなかったら、僕は僕で朝まで生きていられる自信がない。たぶん心臓発作とかで死ぬ気がする……。


 いつまでドキドキするんだ、ってくらいに。今も高鳴る鼓動を感じながら、僕はゆっくりと。優しく頭を撫でた。


「頭撫でられるの好きなのか?」


 ふと訊ねた僕の言葉に、フウチは、


『詩色くんの撫で撫では……安心する』


 と。やっぱり顔を赤くして、書いた。


『で、でも! みんなの前でされたら恥ずかしいからだめ! あと、みんなには内緒!』


「わかったよ。僕もフウチに勝るとも劣らない恥ずかしがり屋だからな。今もたぶん、顔真っ赤だろ、僕?」


『……うん。私も……そう?』


「真っ赤だな」


『お揃い……だね』


「ああ、お揃いだな」


『あのね……?』


「なんだ?」


『みんなの前じゃなければ、いつでも撫で撫でしても……良い……よ?』


「わかった。じゃあみんなの前じゃないときは、僕はフウチの頭を撫でさせてもらうよ」


 まったく。どれだけ僕を萌えさせるつもりなんだよ。このお姉さんは。


 そんな風に思いながら、やっぱり名残惜しい気持ちを胸に秘めつつ、またな——と。そう言ってから、僕は帰宅路に着く。


 それにしても、やはり気になってしまう。


 果たしてフウチが喋らなくなった理由。


 あるいは、喋れなくなった理由——だろうか。


 声を出さないのではなく、出せない可能性もある。


 僕とフウチの共通点というのも、気にならないと言えば、もちろん嘘になる。


 いつか、知る日がくるのだろうか——と。知りたいけれど、知るのが怖い気持ちは隠せない。それを知って、僕になにかしてやれるのか。なにも出来なかったら、チカラになれなかったら、と。そう思うと怖くなってしまう。ビビってしまう。


 でも、今日は本当に楽しかった。


 手のひらに残る、フウチの頭の温もりを思い出しつつ、すっかりと日が沈んだ帰り道を、ニヤニヤしながら歩く僕だった。

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