手帳が起こした奇跡

天音 花香

第1話

 通常は新年の前に買うものかもしれないけれど、私、香川美月は高校に進学したとき、新しい手帳を買った。

 中学生の時は手帳を使っていなかったので選ぶときはなんだかどきどきした。

 色は薄い緑。濃紺と迷って結局明るい方にした。本当は薄いピンクにも憧れた。でも、なんだか自分には女らしすぎる様な気がしてやめた。

 この手帳がたくさんの出来事で埋まればいい。

 私はこれからの高校生活を想像して幸せな気持ちになった。


 初めての校舎。知らない教室。新しい友人。

 私の生活は新しい情報でいっぱいだった。

 手帳はそんな情報を整理するのにも役立ってくれた。

 友人の名前、住所、生年月日が手帳の後ろのページに書き加えられた。

 予定のところには友人との約束、試験や部活のイベントなどを書き込んだ。


「でも、なんかもの足りないんだよね」


 呟いてみるものの、何が足りないのか自分でも分からなかった。


****


 校庭の桜が散った。

 五月の連休には文化祭がある。

 茶道部に入った私は文化祭の準備のために毎日忙しかった。


 そんな頃。


「ねえ、美月は気になる人とかいないの?」


 突然友人の広井桃果に言われて私は食べかけのおにぎりを落としそうになった。


「え、いないけど、桃果いるの?」

「え、いないの? 

私、いる」


 桃果が頬を赤く染めて小さく言った言葉に、私は自分のことではないのに鼓動が早くなるのを感じた。


「だ、誰?」


 声を潜めて尋ねると、


「言ってもいいけど、美月好きになったらだめだよ?」


 と桃果は目力を強めて私を見た。


「ならないよ」

「じゃあ、教えてあげる」


 桃果は私の耳元に口を寄せて、


「早瀬海里君」


 と言った。


 私の頭にはクエッションマークが浮かぶだけだ。

そんな私の反応に、桃果は不満なのか、目を窄める。


「え、えっとどの人?」


 私の問いに桃果は一人の男子の方を見た。

 桃果の視線の先には、眼鏡がよく似合う、いかにも頭のよさそうな涼し気な顔をした男子がいた。

 なんとなく見覚えはある。確か、中間テストの英語で満点だったので解答用紙を返してもらうときに褒められていたような。


「あ~、頭がいい人だよね」


 私は桃果の反応を見ながら言葉にした。桃果の顔がほころぶ。


「うん! 頭だけじゃないんだよ。バレー部でセッターしてるの」

「へえ~、そうなんだ」


 ちょっと意外だ。桃果の表情も。そして早瀬君がバレー部ということも。


 そして、私はこの時、今まで何かもの足りないと思っていたのはこれだ、と気が付いた。

 私の生活にはラブが足りないのだ。

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