想いが通じる5ヵ月前

一於

想いが通じる5ヵ月前



「――やっほー!」


 勇気を振り絞って、大きな背中をポンッと叩く。寒いからか、喋ると息が白くなった。


「うわっ。急にどうした」

「どうしたって……あれれ、雪積もっちゃってるよ」


 そう言い訳して君の頭に積もった小粒の雪を払いのける。まるで犬っ子を撫でてるみたい。彼の方が身長が高いため、気遣ってかがんでくれた。


「終業式の日ってうちの学校部活休みになるじゃん。だからまっすぐ駅まで来たの。そしたらいるなーって思ってさ」

「だからって背中叩く理由になるのか?」

「いいじゃないの」


 不満そうにぶーたれつつも、雪退けてありがとうと一言だけ感謝の意を伝えてきた。

 

「にしてもさっむい……雪かー。去年までは祝日だったのに」

「あぁ、そうだな」


 鈍感なのか、君はまっすぐに反応してくる。何がって、明日はクリスマス・イヴなんだよ。

 この日に私はアタックすると決めていたんだ。計画が破綻してしまってもいい。私には、やらなければならない使命がある。


 彼は部活動に所属していないため、いつもまっすぐ駅まで行って帰っていることを知っていた。最寄りは学校からだと一ヵ所しかないため、どこにいるかまではすぐにわかる。そこで見つけて、からかってやるんだと前々から準備していたのだ。

 あの日のことを、想い伝えなきゃって。


「……ね。あのさ――」




 ◇



 毎年文化の日には、学校で文字通り文化祭が行われていた。前日に準備を行って、祝日分のお休みを後日振替休日として設けられるそうだ。


 出し物とか催し物とかももちろんある。クラス単位や部活動単位でだ。

 私が所属する新体操部も今年はステージに上がった。前日ギリギリまで練習を積み重ねて、いざ本番。といっても、今度開催される大会前のお披露目会みたいなもので、そこまで気を遣うものではなかった。


 いつもとは違って、普段競技を見慣れない生徒達や先生、引率の方が見に来られた。知ってる人と知らない人じゃ、少し恥ずかしさの度合いも変わってくる。クラスのみんなに注目されていたと思うとちょっとだけドキドキしちゃいそうだ。


 緊張はしたけど、身体は素直に舞い踊った。普段より上手にできた気がする。気がするだけで、録画とか見直したらいまいちなんだろうな。独り脳内反省会しながらも楽屋から着替え終え、教室へと戻る。


「新体操ってテレビでもあんま見たことなかったな」


 どこからか男子生徒数人の会話が耳に入ってくる。


「てか、だいぶメイクけばくね?」

「新体操部ってかわいい女子多いし、俺も入れば良かったよ」

「ほんと。毎日見てられるしいいかもな」

「お前クラスにいたじゃん。そういえば」

「そうじゃん。誰だっけ?やっぱかわいいでしょ」


 まったく、男子っていつもこうなんだから。私が近くにいるのを気にもせず、会話は続いていく。


「……あ?そういえばいたな。ステージにも上がってたし」


 その声に、私はぴくりと反応してしまう。


「実際かわいくね?お前だってそう思うだろ」

「かわいいっていうか……」


 振り返ると、君が困ったような顔をして呟く。


「なんか、かっこいいなって。純粋に感じたような」


 視線に気づいたのか、君はこっちを見ては、すぐに逸らす。

 私もその場からすぐに離れた。男子達の笑い声が遠くに聞こえる。舞台を終えたばかりだからだろう、全身から汗が噴き出してきた。




 ◇ ◇



 十月中旬になると、中間テストなるものがやってくる。期末で点を稼げない人のための救済措置だとか先生達は言ってる。私だって真面目に取り組まなければならない類だ。


 奴らは勝手に来て勝手に去っていった。深呼吸と共に、机に力を吸い取られていく。だいぶ気が抜けてしまった。学期ごとに大きいテストが二回も来るとか参ってしまう。


「次、理科室だよ~」


 クラスメイトの声に誘われて、慌てて道具をまとめる。予鈴まであとちょっとだ。あらかた一式を取り揃えて、実習棟へと向かう。


 途中で大きな背中を見つけた。クラスの優等生君だ。彼はさぞかし今回も難なく乗り越えたのだろう。余裕そうに見えてくるその背中に、少しだけ意地悪したくなってきた。


「やっほー」

「うわっ!……っと、あぶねぇな」


 不格好な筆箱を落としかけて、君はギリギリのところでキャッチする。こちらを見ては、またお前かみたいな態度でため息をつかれた。


「テスト、今回も余裕のよっちゃん?」

「ネタふるっ……ぼちぼちといったところじゃねえかなぁ」

「またまたー。いっつも掲示板に名前載るくせにー」


 えいっと脇腹をつつく。君は無言でピクッと身体を飛び跳ねさせた。私だけが知っている彼の弱点だ。


「やっ……そこまで上位うえじゃないだろ。他のクラスなんかもっとやべぇやついるし」

「タイヘンソウデスネ。デキルヒトハ」

「なんで片言なんだ」


 俺、ちょとトイレ寄っていくから。そう言って君は離れていった。

 チャイム鳴りそうなのに随分と怠慢だな。優等生効果なのだろうか。憤りを感じながらも、急いで理科室の方へと向かう。


「やっほ~」

「うわー!びっくりしたー!」


 急に背中を押されたかと思えば、後ろから友達がどや顔でどついてきてた。さっき自分でやってたじゃんと呟きながらも、そういえばと思い出したかのようにささやく。


「やっぱりそうなんじゃないの~?」

「な、なにが……?」

「照れ隠しかぁ」


 意味深にも、えへへと友達は笑いかけてくる。何もわかっていない私に対して、始まっちゃうから急ぐよと駆けていった。

 はっと時計を見ると、授業が始まるまでもう間もなくであった。私は荷物を両手に抱えながら、廊下を小走りで駆け抜けていった。




 ◇ ◇ ◇



 シルバーウィークが明けた四日間は修学旅行が計画されていた。

 とは言っても、始めと終わりの一日はほとんどが移動中心になってしまう。そこから自由行動できるのは一日のみであり、さらに無作為班分けの追いうちで行きたい場所も限られていた。いくら計画しても皆して行きたい場所へと一日で回り切らなければならない。あんまりだ。


 自由行動の中には手土産の購入時間も考慮されていた。むしろ一番時間がわからないものだから、計画に支障をきたしそうで恐ろしい。


 各班時間の許される限りの行動をしていた。みちなかばで出会う班もいれば、明らかに逸脱した生徒やここに来てまでカップルで出歩くやからもいる。

 私の班は真面目にも班長の計画で、始めに土産屋へ寄ることになっていた。班長はクラスでも頭の切れる彼で、結構信頼して行動することができた。

 ホテル近くの空港内にいる生徒の数はごく僅か。平日ということもあり、行動するには何ら支障はきたしていない。彼の計画通りだそうだ。


「最後に見ていったら収拾つかない上に混雑しちゃうだろうからな」


 仲が悪いわけではないが、私の班は各々おのおの好きなように行動していた。彼もまた広い土産屋を巡回していた。やけに歩幅が広く、何かを探しているようにも見える。


「…………っ!」


 彼の動きが止まった。何か一点に凝視しているように窺えた。


 そっとそばに近づいてみると、どこかで見たことのある形状をした筆箱を持っている。チャックを開けては、満足そうに中のがらを確認していた。


「それ、『ペングェン』のじゃん」

「う、お……いたのか」


 隠し事がバレたようなあどけない表情を浮かべた後、すぐにいつもの無表情に戻る。彼の感情が表に出ているのを初めて見たかもしれない。


「しかも期間限定の『ペングェン』のくちばしだけを再現したやつ。こんなとこにまで売ってるんだねー」

「やけに詳しいな」

「だって私集めてるもん」


 手に持ったスマホを見せつける。『ペングェン』の柄が入った手帳型スマホケースだ。『ペングェン』は不貞腐れたペンギンをモチーフにしたゆるキャラで、出た当初から私は趣味でキャラグッズを集めていた。

 この時の私は最大限に笑っていた。同志が身近にいて嬉しかったのかもしれない。やけに口端が吊り上がっていた。


「もしかして、班長も集めてるの?」

「……引いた?」

「全然。むしろ意外!いっつもおかたいキャラだと思ってたし」


 そこから話題は尽きなかった。「わざわざ修学旅行先で買う必要があるのか」とか、「見つけられなかったんだよ」という切実な声とか。その後の自由行動中にも話かけては、お互いの事を知るように会話が途絶えることはなく、あっという間に自由時間を過ごしていった。




 ◇ ◇ ◇ ◇



 盆休みには帰省する人も多い。


 都内ではあまり盆という文化に深く関わらないそうだ。うちのクラスも大概である。私は家庭の事情により、この時期になると山奥の寺にまで家族総出でお参りに向かう。道中ではミンミンゼミからツクツクボウシまでのコーラスが夏空に映し出されていた。


 近くの小学校に車を止めさせていただき、そこから細い坂道を登る。車で合間をう地方特有の猛者もさもいるが、道はゆずってくれた。


 年に一度しか訪れないため、特にこの時期には大いに茂り溢れ返っていた。ドクダミの独特な臭いが充満する。男達が鎌を構えている間に私はスポンジを片手に墓石を黙々と磨く。途中途中で湧水から汲んだバケツで汚れを流し、一心に墓石を磨く作業が延々と続く。

 みるみるうちに汚れは綺麗に無くなっていった。最後にはちょっとした達成感があった。また来年来たら同じことを繰り返すのだろうとわかっていても、ひとときのために懸命になれることは経験になる。


 お寺では参拝に来た方へとアイスキャンディをご馳走してくれた。日差しが強い今日はとてもありがたかった。薄いソーダ味のアイス棒を舐めながら、親と住職の長い会話が終わるのを待つ。


「あれ?どこかで見たことあるような……」

「あっ……」


 すれ違う一人の少年と目が合った。しばしの沈黙。ツクツクボウシだけがやけにうるさく主張してくる。


「……どうも」


 辺境の地にいるせいか、クラスメイトだと気づくまでに時間を有した。そうだ、彼だった。


「地元、こっちなんだね」

「そうだよ」

「お墓参り?」

「うん」

「…………」

「……………………」


 会話は長く続かない。

 親が住職とのありがたいお話を終えたそうで、遠くから名前を呼ばれた。すぐに反応して、すっかり溶けかけたアイスを一気に口へと押し込んだ。

 後ろで別の声からまた名前を呼ばれた気がした。振り返ったが、先程いたクラスメイトは住職の元へと向かっていたため姿は無かった。


 緑生い茂る風景に、私はツクツクボウシのメロディから離れていった。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「へい、トス!」

「きゃ~!ちょっと、手加減してよ〜!」


 潮騒しおさいを背景に、クラスメイトの黄色い声が聞こえる。貸し出された支柱とビニルのボールでビーチバレーを楽しんでいた。

 運動は苦手ではないが、球技競技にはあまり気が乗らなかった。裸足で砂浜を歩くのは運動にいいが、太腿だけが異様に太くなってしまうため、毎日のようにはやりたくない。


 見れば既に砂や泥だらけな人も何人かいた。夏休み突入前にとクラスで親交会が開かれ、今は海まで遊びに来ているのだ。


 だが、普段から室内にいる身にとっては、長時間の日光は辛いものがあった。少しだけ、目眩のようなものを覚えた。


「大丈夫~?顔色、悪いよ」


 傍にいた友達が気遣って声をかけてくる。意識も朦朧もうろうとしており、生返事で身を委ねた。少し歩いて、日陰のような場所へと移動する。


 それからしばらく時間が経過した。同じような黄色い声に目が覚める。身体はまだ動かせない。聞こえてくるに、ビーチバレーは続いているみたいだ。


「起きたか」


 低い声に視線を動かす。隣に誰かがいるそうだ。


「水、のんどけって。あいつがいってたぞ」


 ビーチバレーの方にあごをクイッと向け、結露したペットボトルを渡してきた。さっきの友達が今やっているのだろうか。身体を動かせずにいたら、額に冷たい感覚がした。そのままペットボトルを置いたみたいだ。


「ひゃ――」


 唐突な冷たさに、身体が勝手に起き上がる。少しだけ気が楽になっているようだ。ありがとうと小さくお礼を言って、一口水を含む。


 遠くから誰かを呼ぶ声がした。続けて隣にいた男子がかったるそうに立ち上がって、そのままビーチバレーのエリアへと吸い込まれていった。


「……よっと。どんな感じ?」


 空いた席に友達がひょっこりと現れる。「さっきはごめんね」と謝りながらも、「水ありがとう」と伝える。


「あれ?私買ってないけどな」

「じゃあ誰なんだろう」

「ん~。それより、さ」


 友達の顔を見るとやけにニタニタと笑っていた。正直言って気持ち悪いくらいな目でこちらを見つめている。


「あいつと付き合ってるの?」

「そ、そんなことないよ!」


 思わず大声を出してしまった。一瞬にしてクラスの注目が集まり、余計に恥ずかしく顔を赤めらせてしまう。


「違うよ。起きたらいたんだもん」

「ここたまたま日陰だったから、私があそこの席に運んだんだけどね~。やけにお似合いだなって。遠くから見てすっごく良いカップルみたいだったし」

「確信犯じゃん。冤罪えんざいだよ」


 いいんじゃないの、と友達は笑う。


「そのまま告っちゃっても良かったじゃない。あいつ、部活やってないくせに文武優秀だし。私は何考えてるかわからないのが怖いけどな~」

「そ、それなら尚更」


 それ以上の言葉は出なかった。ふと、声のする方へと顔を向ける。先程の彼が、呑気のんきな態度でトスを渡していた。私が、あいつと?初めて出会ったばっかりなのに、そんなことないよ。そう言い聞かせて、自分の心を落ち着かせる。

 どうやら私はこのような話の類には弱いそうだ。自分から告白するなんてまっぴらごめんだ。変に意識を始めてしまう自分にも少しだけ恥じらいを感じる。


 私が彼に直接告白するような時が来るのだろうか。これから将来、何が起こるかはまだわからない。学校行事だって沢山残っている。悔いのない生活にしたい故に、誰かと過ごすのは悪くないだろう。


 もし仮に、そうであったとして。その機会が私に訪れたならば。いっそこのことをからかってやろうか。私の小悪魔がささやいてくる。彼だったら、どんな表情をするのだろうか。

 黄色い声が聞こえてくる。潮騒がうるさくも、邪念を吹き飛ばしてくれる。そんなことはあり得ないだろう。そう言い聞かせて、再びペットボトルの水を飲む。


 風が強く吹いた。ボールがあらぬ方向へと飛ばされていく。悲鳴のような声が響く。私の頬を撫でてくる海風は、火照った身体を冷やすにはちょっとだけ物足りなかった。




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