7.こどもたちは宝箱の中
私たちの就寝は遅く、必然的に起床も遅いのです。
私は彼の朗読を聞きながら、いつのまにか夢を見ているのです。
「
起こすのは月彦のお母様でした。今日のシフトも十二時から十七時。出勤二時間前には大抵、自力で目を醒ましているのですが、
私は、そっと布団を抜け出します。お母様の用意する完璧な栄養バランスの朝食を摂り、いざ出勤です。
電車を乗り継いで三十分。私の就業先はターミナルステーションの一角にありました。ドラッグストアのファーマシー店舗です。駅構内という立地のため、通勤通学を大幅にずれた
私は
客足が伸びない十二時から十五時は暇です。たいして汚れていないカウンターをウェットティッシュで拭いて除菌したり、棚に収納された商品を期限順に並べ替えたりして過ごします。健康食品の棚にて、ゼロカロリーゼリーのライチ味の入荷を確認しました。昨夜、月彦が食べたいと言った品です。
店内の買い物籠に新商品を二個、確保したとき。
「
聞き慣れた声に話し掛けられました。
「月彦くん、どうしたの? お散歩?」
月彦は、まだ足の
「僕たちは今夜、ギグに行く。ロリータ限定ギグ。日芽子さん、忘れていたでしょう」
そうでした。イベントに招かれていた日が、今日だったことを思い出します。
「お母さんに聞いたら、日芽子さん、地味な服で出掛けたって。それじゃ、入場できないよ。そんなわけで、ドレス・コードを持って来たんだ」
私たちはカウンター越しに話していました。昼間から上機嫌なお客様が千鳥足で
「いらっしゃいませ」
お客様は二日酔いに効く栄養ドリンクを選びました。
「おぉ、店員さん、美しいですなぁ」
お気の毒に完全に酔いが回って、景色も私の顔も薔薇色に見えるのでしょう。
「黒い髪に白い肌。赤くて小さい唇。昔の女優さんみたいですなぁ」
はたして褒められているのでしょうか。
「三百九十九円でございます。五百円お預かりしましたので、百一円のお釣りです。ありがとうございました。どうぞ、お大事に」
「うふふ。お大事にって言われたよ。嬉しいねぇ。いまどき、こういう御方いらっしゃるんですなぁ!」
棚影の月彦が、笑いを
お客様が千鳥足で退店後、堪え切れなくなったのでしょう。カウンターに
「昔の女優さんって誰だよ。駄目だ! いまどき、こういう御方って!!」
確かに日芽子さん、古風だけどさ、と
「今、味見したい」
そう言いました。
「日芽子さん、僕が買うよ」
社員クレジットを切ろうとする私を遮り、一万円札を差し出します。
「
「まだ十四時よ。ギグは十八時から。私の仕事は十七時まで。月彦くん、あと三時間、どう過ごすの?」
「うーんと、お散歩。お天気いいから公園に行こうかな……固い」
彼にはゼリーの蓋を回す握力も無いでしょうか。
私は、ライチ味のゼリーの蓋を
「ありがとう。日芽子さん。とても
月彦が届けてくれた衣裳の入った紙袋を、カウンターの中に置きました。
お散歩に行く彼に言います。
「行ってらっしゃい。車と人に気を付けて。転ばないようにね」
本当に私は、月彦の「恋人」や「妻」と言うより「母」ですね。
折れそうな身体で散歩する彼が心配で心配で、たまらないのです。
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