51話 カタチ

 割れんばかりの声援が飛び交う中、中央の畳でみっちゃんがスポットライトを浴びている。 

 オリンピック4日目。女子63キロ級女子決勝。 

 大会2連覇を狙う我らが三千代は白の柔道着に身を包み、リラックスした表情をしている。

 前日に大会3連覇を果たした、さく兄と2大会連続アベック優勝を目指して挑んだ今大会は、決勝まで全て内股でオール1本勝ちと絶好調だ。


「みっちゃ〜ん! ファイト!」


 反対側の観客席から聞き慣れた声援が聞こえ、思わず笑顔になる。


「ハジメッ!」


「ハッ!」


 審判の掛け声と共にみっちゃんの気合いの入った声が会場に響く。

 左組みのみっちゃんに対して相手のロシアの選手は右組み。ケンカ四つで釣り手を取り合い足技で牽制しつつ引き手を取り合っている。


 世界女王のみっちゃんのことは、相手も十分に研究してきているのだろう。内股だけではなく、足技にも定評があるみっちゃんに対して絶妙な距離感を保っている。

 そんな相手に対しても、みっちゃんの攻め気は変わらない。小外から小内、大内刈りと連絡技を繰り出しながら内股のフェイントで相手を崩しに掛かる。


 試合が動いたのは開始1分を過ぎた頃。内股を返そうとした相手の大外巻き込みをヒラリとかわしたみっちゃんが、身体をうまくコントロールして相手を肩から叩きつけた。


「ワザアリ!」


 ポイントを取られた相手はこれで前に出ざるを得なくなる。

 積極性を増した相手に、みっちゃんは冷静に対処。

 試合時間残り40秒。みっちゃんは釣り手で襟を掴み、引き手で相手の右手を取ると、素早く背後に沈み込んだ。


「イッポン! ソレマデ!」


 俺が知る中で、公式戦では一度も見せたことのない谷落としが綺麗に決まり、相手は背中を畳につけていた。


「っし! よくやったミチ!」


 隣に座っていた、さく兄が俺の肩をバンバン叩きながら喜びを爆発させている。

 注目度が高い夫婦なので、スタンバっていたカメラマンが一斉にシャッターを切り、目の前が一瞬白い世界へと塗り替えられた。


 試合が終わり、畳を降りたみっちゃんはコーチ陣と軽く挨拶をした後、さく兄目掛けて観客席に飛びこんで「友人ゆうと!」


 はい?


 最前列に座っていた俺は、さく兄に駆け寄るみっちゃんのためにスッと身を引いたのだが、なぜか俺がガッチリと抱きしめられている。


「あっ、ははははっ!」


 なぜかそれを見た、さく兄は大爆笑。


「ちょっ、ちょっと、みっちゃん?」


 慌てる俺、爆笑するさく兄、「浮気か?」とざわめきながらシャッターを切るカメラマン。


「次は友人ゆうとの番だ。私からのバトン、キチンと受け取って欲しい」


 俺の頬に手を添えながら、みっちゃんは涙ながらにそう呟いた。


「……頑張るよ」


 みっちゃんの想いに応えるべく、ギュッと手を握り返した。


 四年前のオリンピック。U-23日本代表に選出された俺は、大会前にみっちゃんから「友人ゆうとも一緒にメダルを獲ろう」と言われていた。

 しかしながら、結果は予選リーグ敗退。オーバーエイジとして今大会に出場している俺にとっては、みっちゃんとの約束を果たすためのリベンジでもある。


♢♢♢♢♢


 予選リーグを2位通過した俺たちは、準決勝で優勝候補筆頭のブラジルにPK戦で敗れ、3位決定戦のイタリア戦に挑もうとしていた。


「最後にキャプテンから一声もらおうか」


 試合前のミーティングが終わり、監督がチラリと視線を向けてくる。


「あ〜、うん。せっかくだからお土産メダル持ち帰ろう」


「緩っ!」


 左腕にキャプテンマークを巻きながら鼓舞するような声をかけたつもりの俺に、チームメイトからツッコミが入ってくる。

 ざっと見渡すが、みんなリラックスできているようだ。

 U-23と言っても、すでにA代表に選ばれてるやつや、海外で活躍しているやつもいる。相手チームの名前に負けるようなやつはこの年代にはいない。


 試合はカウンターを武器とするイタリアに対して、中盤を厚くしてポゼッションを高める俺たちが、ボールを回しながら縦に入れる機会を伺う静かな展開で進んでいった。

 

 最終ラインの俺は、相手CFに裏を取られないように気をつけながら全体をコンパクトに押し上げていく。

 

 イタリアのオーバーエイジは各ポジションにベテランを起用。俺がマークしているのもセリエAで得点王にも輝いているピッピ・インギー。

 動き回ることはないが、要所で視界から消える厄介なCFだ。


 後半開始直後の自軍のコーナーキック。いつもならばファーサイドに陣取っているところだが、ニアサイド寄りのペナルティボックス外からゴール前に飛び込んだ。

 ライナーぎみの速いボールに、ニアで軽く合わせて背後に逸らすと、ディフェンダーを背負いながら、同じくオーバーエイジで参加していたレイが頭で合わせて先制。結局、これが決勝点となり1-0で日本代表の勝利。


 同時刻に行われていた決勝戦の後、表彰式を終えた俺たちはマスコミ対応に追われる。


「柏原選手。ちょっと表情が固いですよ。両サイドのお二人のようにリラックスしてください」


 選手村に戻るとみっちゃんとさく兄とのスリーショット写真を多く求められた。

 美男美女の爽やかな笑顔の真ん中に俺。せめて配置を変えてもらえないかな? みっちゃん真ん中とかどう?


 ありがたいことに、日本に戻ってからも取材、テレビ出演などのオファーは続いた。

 そして、一番多かった質問。


「柏原選手。このメダルを誰に捧げたいですか?」


 定番の質問だろう。感謝してる人なんて数え切れない。それでも、あえて挙げるのなら———。


「いつも支えてくれている妻に」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る