番外編 遥の一人旅(愛知)



 遥は早朝の東京駅に立っていた。前回の部活旅行以来こんなに早起きしたことも、こんなに早く東京駅にいることもなかったのだが、今回は遥が初めて一人で鉄道旅をしようと思い立ったのだ。遥の両親は思うところがあったのか、車で東京駅まで送ってくれ、諭吉を5枚渡してくれた。遥はまずどこへ行くか悩んでいた。西に行くか、東へ行くか。具体的に言うならば、東海道線か高崎線、東北本線方面か。遥は熟考の末、東海道線を行くことに決めた。

 東京駅始発の普通沼津行きは墜落インバータを響かせ、ゆっくりと走り出した。ホームライナーの時間に少しだけ余裕をもって沼津に到着するようだ。遥的には夜行列車でゆるゆると夜の東海道線を通って名古屋へ行ってみたかったが、残念なことにムーンライトながらは廃止の危機に陥ってしまった。ながらがなくなるとマルスで予約できる夜行列車はサンライズエクスプレスのみとなってしまう。来年こそはぜひとも走ってほしいものだ。

 部活旅行以来、見ることのなかった朝方の東京。ただ、今日はこの間とは違う方向に向かっている。車窓を流れる景色は大崎の横の車両区を通り、横浜周辺に乱立するビル群を抜け、川崎付近の橋梁を渡り、あっという間に藤沢周辺。海が近い。時間があればステーションカレーに寄りたかったが、目的地が目的地なので素通りして名古屋方面に向かうことにした。

 





















 藤沢到着からしばしした後、小田原駅に到着。小田急側のホームにはロマンスカーが止まっている。多分EXEだろう。小田原駅限定メロディー、「お猿のかごや」がなり止むとすぐにドアが閉まる。この次の早川駅も海が近いが、根府川駅は駅構内から素晴らしいオーシャンビューが望め、駅舎から見ると美しい蒼穹と吸い込まれるような蒼の海が映えてとてもきれいなのだ。金魚が改札横の池を泳いでおり、それもまた情緒を感じさせる魅力

の一つだろう。

 ―そして少しした後、熱海に到着。本来ならば、この駅からJR東海区間なので熱海ダッシュ芸を披露せねばならないが、遥の乗車する電車は沼津まで直通なので乗り換える必要はない。しかし、沼津でダッシュしてホームライナーに乗る必要がある。それにしても、熱海に東急の車両とは随分似合わない気がする。譲渡されたものなのでもう東急所属の車両ではないものの、いまいち旅行気分になりきれない部分がある。遥が伊豆急のホームを見ていると、電車はガタンと揺れて動き出した。もうあとは沼津まで乗ればホームライナーである。









 ―沼津に到着。ダッシュで対岸のホームに向かう。遥は事前に階段前のドアに移動していたため、一番早く階段から対岸ホームに移動し、ホームライナーに乗車できた。車端部のボックスしか空いていなかったので、しぶしぶそこの窓際の席に腰を落ち着ける。このホームライナー沼津、静岡は、東海道線を使って各方面へ遠征しに行く18キッパー達の救いの手として重宝されている。なにせ乗車整理券を買う、もしくは遥のように飛び込みで乗車して車内料金を支払えばクロスシートで静岡まで行けるのである。ロングシート激熱足元ヒーター、ワンチャントイレなしという地獄を少しの間でも回避できるのならば使わない手はないのである。そんなお得な快速は、遥の乗車から程なくしてドアが閉まった。

 快調にとばしていき、列車は富士川の近くに入った。工業夜景が有名な場所で、近くを走る岳南電車はそれを大々的に売り出してかろうじて存続している。こういった地方鉄道は、一部の地元の方しか使わないために財政難であることが多い。岳南電車は近隣の工場に勤めている方と学生さんによる利用がほとんどで、子連れや恋人同士といった人たちが使っているイメージはほとんどない。それでも懸命なPRと昨今の鉄道芸能人による布教活動が幸いし、そこそこ知名度も上がってきている。日中に通っても、日本随一の紙の街、富士川市の製紙パルプ工場は中々壮観である。機会があればぜひとも夜景を見に行きたいものだ。

 ホームライナーはすぐに静岡駅に到着した。ここ静岡駅には、富士見そばという有名な駅そばがある。ホーム上に軒を構えてカウンターのみという昔ながらのスタイルの駅そばで、かけそばやかき揚げそば、肉そばなどの定番メニューからラーメンや担々麺といった一風変わったメニューもあり、そのどれもが美味しいと噂(ソースは佐貫)の駅そばである。特に、名物のチーズそばは静岡駅ユーザーから激リピされるほど人気(ソースは佐ry)のメニューだそうだ。遥は朝ごはん代わりにチーズそばを食べてみることにした。


 「…うまっ」


 思わず声が出てしまった。吉田家ではチー牛を、ハイゼではカルボナーラをよく頼む生粋のチーズ好きの遥。そんな彼は華やかに薫るそばつゆと、濃厚なチーズの強力なコンビに心を奪われてしまった。カロリーとか塩分量などが遥の頭の中をよぎったが、気にせず食らい続けた。








 思わぬところで好物を発見し、満足した遥は先を急ぐ。用宗、焼津と通り島田に到着。熱海や沼津で乗り換えるとたまに島田行きに当たり、静岡より先まで着席して進むことができる。もっとも、ホームライナーを使った人たちは豊橋行きに乗り換えることができたりするので、島田行きの有り難みがなんとなく薄い。遥は島田行きを静岡で引いたので島田で乗り換え、数分後に到着した豊橋行きで豊橋まで向かう。

 楽器と餃子の街、浜松に到着。豊橋までは降りる用事はないので今回は素通りすることにした。この駅にはステーションピアノが構内に設置されており、演奏技術に長けている人たちがしばしば、その美しい音色を奏でている。遥はホームに響く雑踏や、車輪が線路を叩く音の中にピアノの音色を聞いた気がした。

 

 浜松以西にある浜名湖の景色は、東海道線内でも屈指の絶景スポットだ。青空と透き通った、キラキラと照る日を反射する湖面。晴れた日に通ると感嘆させられるような光景だ。ちなみに、夜行列車で通っても幻想的な風景が車窓を彩ってくれる。夜空に光る月と、湖面に映る月、月光が湖面を美しく照らす様を一気に見ることのできる光景は、思わずため息をついてしまうような、そんな車窓が楽しめる。遥はここまで車窓をビデオカメラで撮影していたのだが、根府川駅付近の光景と並ぶほどに好みの画になった。




 ―豊橋駅に到着。昼頃の到着になった。ここからは名鉄を使って名古屋へ行く。遥は手早く名古屋までのミューチケットを購入し、改札内へ入る。しばらくすると快速特急新鵜沼行きが入線してきた。もちろん指定席車両の最前席へ。運良く前面展望が当たり、ルンルン気分の遥は前からの景色を撮るべく、カメラを前に設置した。1200系電車には初代パノラマカーから受け継がれる展望席が設けられている。一部座席指定制なので直前に予約しても当たらないものだが、今日が平日、それも昼間なのが幸いしたのだろう。


 飯田線と線路を共有する区間を通り抜け、電車は最初の停車駅、東岡崎へ向けて快調に速度を飛ばしている。岡崎城が有名だが、逆にそれ以外にイメージするものがない岡崎市。後は東○オンエアぐらいしかイメージできるものはないだろう。彼らに出会うべく岡崎へ繰り出すのもいいかとも思った遥だったが、YouTubeにどハマリした小学生が最初にとるような行動をしても虚しいだけなのでよしておくことにした。












 ―知立、神宮前、金山と止まっていよいよ目的地、名鉄名古屋に到着。ゆとりーとラインに乗るべく地下鉄桜通線の改札へ向かう。名鉄名古屋、近鉄名古屋のある金時計側と桜通線の改札がある銀時計側、太閤通口は少し離れている。急ぎ気味に銀時計へ歩を進め、改札を通り無事乗り換えられた。久屋大通駅で名城線に乗り換え、大曽根へ。駅からナゴヤドームの近くに向けて少し歩くとゆとりーとラインの大曽根駅に到着。この路線はガイドウェイバスという珍しいタイプの鉄道で、一見ただ専用道を走るだけのバス路線なのだが、よく見ると車両側面部に補助輪的な車輪が出ているのが確認できる。その車輪が理由で鉄道という扱いになっている。ちなみに一般道に下りた後のゆとりーとラインはバス路線に切り替わり、鉄道扱いでは無くなる。ホームで待つこと数分、中志段味行きのバスが到着。砂田橋までは名城線と沿って走るがそこからは完全に他社線と交わらない。元々この路線は陸の孤島と言われる春日井市、尾張旭市周辺の交通網整備の一環として作られた路線で、接続の良さなどは度外視されている。このまま高蔵寺まで乗り通しても良かったが、次の目的地はリニモに乗れる藤が丘駅。砂田橋で降りることにする。















 ―専用道を行くゆとりーとラインを後にし、名城線砂田橋駅の構内へ。名城線は名古屋市周辺をぐるりと一周する名古屋市営地下鉄の主要路線の1つだ。名古屋の人たちにとって重要な場所を環状に結ぶことで、他社線との接続や自社路線との接続の利便性を高めている。東京でいうところの山手線、大阪で言えば大阪環状線のような、そんな重要路線だ。次に乗り換える東山線とは本山駅で乗り換えることになっており、藤が丘駅までは数駅程度で到着する。そんな東山線は東京メトロ東西線と同レベルの混雑率が、東西線の車両より短い15.5m車体で実現されている地獄のような路線だ。流石に遥の乗る時間にそこまで混雑しないだろうが、今日は平日なだけに用心はするべきだろう。そうして本山駅に着いた遥は東山線のホームへ移動し、下りの藤が丘行きに乗車。平日に学校が休みになっているので、遥はこうして旅行をしているわけで、そろそろ夕方、おやつの時間を迎えようとしている。そんな平日の午後にも関わらず、空席が目立たないという混雑率に少し驚きを感じる遥。結局終点まで混雑は続き、ロングシートに腰を下ろすことはできなかった。


 東山線藤が丘駅からそう遠くない場所に位置するリニモ藤が丘駅。一見多摩モノレールと変わらないような内装だが、フルサイズのホームドアが備わっており、利率と比較するとオーバーテクノロジーなのではないかとつい邪推してしまう。元は愛・地球博の目玉展示として運転を開始した当路線は、近隣住民の足として使ってほしいという行政の意向もあり、今現在まで運行されているが、愛・地球博が終わってからはめっきり利用客が減り、少々赤字気味である。遥がホームに上がって程なくして、乗り場にリニモの車両が停泊、折返しの八草行になったところで乗車。ここから終点の八草まで乗車する。



 ―到着した駅は愛・地球博記念公園駅。ここは元々万博会場駅という名前で、まさにここで愛・地球博が催された。今の駅名は万博終了に際して名称変更が行われてつけられたものだ。ふと遥は万博会場にあるモリゾーとキッコロを模した植え込みが、見るも無惨な様を呈しているという趣旨のツイートを思い出した。少し前まではきちんとモリゾーとキッコロだったのだが、今では判別できないほどに繁ってしまっているのだとか。真偽の程をこの目で確かめようと思ったが、時間の都合上、次の旅のお楽しみとしてとっておくことにした。




 ―終点の八草に着いた。ここからは愛知環状鉄道に乗り換えて名古屋駅を目指す。高蔵寺でゆとりーとラインに乗り換えることもできるが、乗り換え回数を考えるとそのまま中

央線で名古屋へ行った方が良いだろう。急いで改札機を通り、ホームへ行くとそろそろ発車予定の高蔵寺行きが止まっていた。ささっと乗車し、帰路につくことにした。



 ―名古屋駅へ戻ってきた。名鉄名古屋駅は中々のカオスっぷりで、列車が出ていったそばから次発の列車が進入してくるという忙しない光景が垂れ流されていたが、JR名古屋駅はそういう忙しさは感じられないものの、JR東海が誇る一大ターミナル駅なだけに名鉄とはまた違った人々の流れというものがあった。遥は太閤通口へ向かい、うまいもん通りへ繰り出し、ひつまぶしや手羽先なんかを味わってから東京へ帰ることにした。すっかり疲労困憊の遥は帰りの新幹線では、終点の東京で車掌さんに肩を叩かれ起こされる程に熟睡してしまった。先の長いようで短い高校生活で遥はどれだけの場所を巡り、どのようなことを体験するのか。遥はそんなことを思い、中央快速線のホームを目指しながらあくびを一つ漏らした。

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鉄研に入ったら女子部員とそこそこ仲良くなった話 奥入瀬璃央 @oresi

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