第7話

6、あら、舞踏会にあの方がいらっしゃるの?でしたら……最後に一緒に踊りましょうか。



貴族の半年の仕事は社交、と、確か誰かが言っていた気もしますが、この際それはどうでもいいですわ。


「……届いたね」

「……届きましたわね」


私とおにい様は、2人揃って文書に目を通しております。王宮からの手紙です。内容は、婚約破棄の一件に関しての王子と子爵令嬢の処分について。


「……王子は兎も角として、これは私、喧嘩を売られているのかしら」

「ティア、君が怒らない理由が私には理解できないよ?」


届いた手紙には、第一王子を王太子にする決定を取りやめ、再度王太子の選考をやり直す事と、子爵令嬢に関しては、何故か侯爵家の養子になっており、その侯爵家が我が公爵家に見舞金を支払うから、子爵令嬢を無罪放免にしてくれ。と書かれていた。

王が書いたとは思えない字での手紙に私たちは一度顔を見合わせて、笑顔で手紙を"証拠物件"として扱う事に致しました。


「あのバカ王子は今後いじめ倒すとして、侯爵家はどこから出てきたのかな。子爵令嬢や侯爵風情が大事な僕らの姫君に冤罪かけておいて、そんな事で許されると思ってるのかな?かなり甘く見られてるのかな?

ティア」

「……何でしょう。おにい様」


おにい様が笑顔です。それはそれは……とってもいい笑顔です。私、常日頃からおにい様には、甘い処分はしちゃダメだよ?と言い聞かせられておりますから、今回の処分内容については勿論抗議するつもりで……


「一緒に城から何か届いていたね?ミセス・マリアンの所に行こうか。

今シーズン最後の王宮主催の舞踏会まで時間もないけど、君のためなら最高のドレスを仕上げてくれるだろうから。


王宮の舞踏会では、絶対に粗相をしてはいけない相手に手を出した事を、教えてあげようね?」


意訳、貴族としての生涯を終わらせてあげようね。


極上の笑顔を浮かべたおにい様。勢い余って国が滅びたらどうしようと思うくらいに、その時のおにい様の笑顔は神々しかったです。



シャンデリアに白亜の壁を彩る高名な画家の絵画、大理石の床。飾り付けに使われる花や布は勿論のこと、殆ど手をつけられる事なく捨てられる料理や、飲み物に至るまで、全てが贅を尽くされた一級品。

建国記念の日ともなれば、しかも王家主催であるならば当然なのでしょう。

そこに踏み入れたい人間はこの国には何人もいます。ですが正直なところ、私は今、物凄く中に入りたくないです。


「ティア?行こうか」

「……はい。おにい様」


差し出された手に、直ぐに手を伸ばさなかったからでしょう。おにい様が私の事を心配そうに窺います。


「どうしてそんなに浮かない顔なの?」

「……おにい様と同じ色の髪留めがよかったんです」


そう。本日の私の髪飾りの石は、おにい様の髪と同じ黒真珠でも、瞳と同じ月色の宝石でもなく、深紫色。私にとっては……いいえ、私たちにとっては、その色で連想されるのはたった1人。今日のアクセサリーを含むトータルコーディネートについてはおにい様が侍女たちに細かく指示を出しておりましたから、わざとなのでしょう。


「ティア……。ごめんね。私も出来る事なら、そうしたかった……。けどその代わり、ドレスの色を譲ってもらったよ。私に合わせて青色にしたんだ」

「それについては嬉しかったです。ありがとうございます。おにい様」

「うん。それじゃあ行こうか。私の……いや、私たちの姫君」


差し出された手に自分のそれを重ねて、背筋を伸ばしていつもの公爵令嬢の時より、高慢でありながらも優美に。頭の先から靴先まで、どこにも非の打ち所がないような姿を意識する。相手を圧倒する高潔な存在であると見せつけるように、進む。


おにい様と並び、その場に足を踏み入れれば、近くにいたものから順に、私たちの存在に息を呑み、呼吸すら一度忘れる。周りがそうなる様な雰囲気を持つように育てられてきた。けれど一度、それもさほど間を置かずにそういう経験をすれば、効果は多少薄れるもの。彼らの様子が二度目のものであるのは直ぐにわかりました。私たちは何故そうなったのか、正しく理解しております。

原因は舞踏会だというのに誰も踊っていないホールを抜けた先、主賓席のあたりにいる方々のせいでしょう。それでも私たちの登場に一瞬でも惚けなかった方は居ません。それならばまあいいでしょう。


私たちが王座に足を踏み出すたびに、人垣が開けて、王達がいるであろうその騒ぎの場への道が出来ましたわ。

そこにいるのは案の定、王や王子と子爵令嬢、そして一目で高貴と分かる女性と、トーリおにい様に似た顔立ちの、深紫色の瞳を持つ青年。子爵令嬢は な ぜ か、その青年の腕に抱きついて、こちらを見て声をあげましたわ。


「あ、アンタたち、誰よぉ!私とセレン様の邪魔をする気⁉︎」


私とおにい様、おそらく両方からの冷めた目にたじろいだ子爵令嬢は、まるで自分のものだと主張するかのように、青年に更に抱きつきました。……ああ、何て。


「なんてはしたない、不敬で分不相応で無作法な輩でしょう」


深紫色の青年とその隣の女性は、私の言葉に応えるように微笑い、


王と王妃はこの世の終わりだと言わんばかりに顔を蒼白にし、


王子は侮蔑の色を浮かべた瞳をつい先日まで溺愛していた少女に向け、


私とおにい様は、顔を見合わせ、溜息をつく。

私の呟きが聞こえたのか、子爵令嬢が「ふえぇ。また私の事を虐める人がいるぅ。セレン様ぁ。みんな酷いんですぅ」と、隣国の客人にべたべたする。……気持ち悪い。


これはどんな状況なのか聞きたいのですけれど、聞いたら聞いたで頭が痛くなりそうですし、事態の収拾を図るのが1番ですわね。おにい様もどうやら同じ考えのようです。仕方がありませんわね……。


「まさか貴方方がいらっしゃるとは思いませんでしたわ。

帝国皇妃様並びに帝国公爵殿下」

「驚いたでしょう?

それに大事な子の迎えは、相応しい人でないといけないわ」


そうでしょう?と、嫋やかに、けれど強かに。美しい笑顔を見せるのは、隣国……かの大帝国の現皇帝の、妃。この方、かなり大らかな性格をしてらっしゃるので滅多な事では怒りません。それこそ間違えて近くの小国を改造し過ぎちゃったせいで怒った皇帝に、まあまあ、子供がやる事なんですからと笑ってあっけらかんとしているくらいには。そのお方が、恐らく近年稀に見るにっこりとした笑顔を見せてらっしゃいます。私とおにい様の肝は冷えるばかりです。大体予想は付きますけど、こんな公の場で、やらかしてくれたのだから有り難く、使わせてもらおうではありませんか。


私が納得いくだけの処分を突きつける機会をくれたのだから。


おにい様も子爵令嬢並びに抱き着かれながらも物凄く笑顔でいらっしゃる青年に対して対敵用笑顔を向けてから、顔色の悪い国王達に挨拶をしました。私も共に礼を致します。

そして御前を騒がせる事、御了承ください?と、笑顔で許可を取りました。

そうして漸く私たちは改めて、隣国の客人にも挨拶を致します。


「お転婆だった貴女が、きちんと成長していて驚きましたよ」

「カティアは元々礼儀作法は完璧ですよ、大祖母様おおおばあさま。時と場合によって使い分けをしていただけです。ただの完璧令嬢に見えるなら、それは心を一切許していない相手という事でしょうね」

「あら……じゃあ、貴方を追ってこの国まで来た行動力は?」

「姫君としてはかなり目を見張るものがあるかと。帝国の法や規則、制度に一切触れずに正規の手続きを踏んで付いて来たからこそ、"陛下"は彼女を連れ戻せなかったのでしょう?きちんと勉強していた事の証明になるのでは?」

「……そうね。まさかその実践先が、こんなにもマナーの悪い令嬢のいる国だとは思わなかったけれど」


冷ややかな目が子爵令嬢に注がれる。だが彼女はそんな事にも気付かずに、隣国の見目麗しい貴人に夢中になっている。彼女が背にしている人垣の1番前では、彼女の受け皿に名乗りを上げた侯爵家の当主が頭を抱えていた。きっとコントロール出来なかったのでしょう。娘が娘なら親も親ですわね。私の仕業に見せかけて校内で虐めをしまくる女の親ですもの。王子の心を射止めているそれを引き取って王家と家との縁を繋ごうという浅はかな考え方も納得です。けれど、子爵令嬢程度で公爵令嬢の婚約者である王族に手を出して奪い取る行動力と頭のぶっ飛んだ人物なのですから、上手く操れない事を考えなかったのかしら?


けれどそれもまあ納得ですわ。良し悪しは兎も角巻き込まれて消えてはいけない家ならば、おにい様はこの国の公爵として、助言なりなんなりして、この状況を作り出させなかった筈ですから。


「アメリ・シルドレ」

「え〜?何ですかぁ?というか貴女誰?ふふふ。私、もう子爵令嬢じゃなくて、侯爵令嬢なんですよぉ。見た事ない顔だから、準男爵とかの娘さんですかぁ?マナーを学び直して出直してくれます?

か く し た さん?」

「……あまり、その方を見下すような発言はなさらない方が良いと思いますよ」

「え〜?だって、私の方が上だし……。でも、セレン様がそうおっしゃるなら、やめます」


久しぶりのパーティーで気分が上がってたの〜!と、自分の世界、ご満悦といった感じだ。その後方で侯爵が白目向いて泡吹いて気絶していようが、対面している王子がゴミを見る目で見ていようが、私の隣にいるおにい様が、呪詛の如く罵倒の文言を呟いていようとも。

久しぶりのパーティー。ええ、それはそうでしょうとも。彼女は此処で、仕留めるために檻から出されただけに過ぎないのです。仮面を取った私の顔を、唯一この場で知らない人間。それが彼女。

卒業式ではあれだけマナーの悪さを公言されたというのに、全くもって成長していない。呆れたものですわ。


「貴女、何故自分がこの場に居られるか知っているのかしら?」


私のその質問に、彼女は知ってます!とそれはそれは元気に答えましたわ。


「王子の婚約者としてぇ、セレン様のお相手をする為ですっ!」


しけい。とおにい様が小声で呟いたのが聞こえましたわ。3モーラのただの音ですわ。ええ、意味は考えないのが一番。……一番ですけれど、これは後で魔王様が降りるかも。


「残念ね。異国の客人の前ですら令嬢として振る舞えない頭の中身のスッカスカな、礼儀も作法も敬意もない貴女でも、命は命だから、そちら方面の罰は求めない予定だったのだけれど……。……血生臭い方向に罰を変える気になったのは、初めてよ」


私の気が高ぶるのと同時に、客人にひっついていた子爵令嬢が、床に、顔から転んだ。叩きつけられたと表現してもいいかもしれないですわ。実際彼女も真後ろから急に何かに押し潰されたように感じたはずですから。

呆然として起き上がり、周りを見回す子爵令嬢。一体何が起こったか分からないと顔に書いてある。余程気に入っているのか、直ぐ様隣にいたセレンを探して顔を上げ、固まった。

それはそうでしょう。先程まで笑顔で連れ添っていた麗しい男性が、その顔に嫌悪を滲ませて、先程まで自分が触れていた部分を心底汚いと言わんばかりに払っているのだから。


「匂いがつきました。気持ちが悪いので今すぐ換えの上着を取りに戻ってもいいですか、大祖母様」

「自業自得よ。これが終わって、舞踏会の挨拶を国王がし終わるまで、一時的な退場は認めません。ファーストダンスの相手は諦めなさい。ティアちゃんに変な女の匂いがついちゃうから」


またもや呆然と、放心をするしかない令嬢ですが、助けを求めるように自分が婚約者だと言い放った王子を見れば、王子もまた侮蔑を滲ませて自分を見ている事に気付いた。ならばと慌てて後ろを振り返り、泡吹いて倒れている侯爵を見て、漸く自分の現状が見えたらしかった。


「やっと現実が見えたようだ。

たった今全貴族の目の前で起こした、他国の貴人にたいする不敬罪、

長年の私への不敬、そしてなにより、


このカティアへの、不敬罪と冤罪。


ようこそ、アメリ・シルドレ。君の裁きの時間だよ」


「カ、ティア……?うそ……嘘……っ!仮面の下は、醜い顔のはずじゃ……⁉︎」


漸く私が誰か気付いたらしい。嘘だと声を上げている。私は一歩前に出て、彼女に笑いかけます。


「あら、御機嫌よう。お元気そうでなによりですわ。ところで、格下って誰のことかしら?」


あなたのこと?


また気が高まる。そしてまた、目の前の令嬢が抵抗虚しく何か大きな力によって押さえつけられているかの様に床に這い蹲る。


「楽しい舞踏会ですもの」


最後に一緒に踊りましょうか?


そう言った私の笑顔は、一族の血を確かに感じる程ににっこりとした笑顔だったそうです。

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