第4話

4、……何故王子と婚約することになったのか?……そんなの聞きたいですか?



生まれ故郷と現在いる国が違うって方、いらっしゃいますよね。私もおにい様もそうですわ。何を隠そう、生まれは現在住んでいる王国の隣国。皇帝様が治めます大帝国。

国土は王国のおよそ10倍。

長く栄えており、貿易が盛んで、文化・学問に優れ、豊かな土地に恵まれ、大陸の中央に位置し、主要な港や川を有している事もあり、関係を持ちたい国は数知れず。

この王国もそんな国のうちの1つですわね。

皇帝は円滑な貿易の為、自国の主要な貴族に、帝国と取引先の国の爵位の2つを必ず持たせるようにしております。もしも帝国が滅ぶようなことがあっても、他国の爵位を持っていれば、そちらの貴族としてやっていけますし、領地を持っておけば、帝国領から逃げたい人々を住まわせてあげる事が出来ますから。


私の生まれた家も由緒正しい家でございます。父が帝国の爵位を持っており、母が他国の爵位を持っておりますの。1人娘として生まれまして、幼少の頃は、二国間を行ったり来たり。両親2人揃って私に構っていただく時間はあまりございませんでしたわ。寂しく無いのかといえば、そうですね。親に会えないのは確かに寂しいのですが、曽祖父……大祖父様は子沢山でしたので、私には従兄弟や再従兄弟も沢山おりまして、それはそれは賑やかに毎日を過ごしておりました。血筋なのかなんなのか、女性が生まれにくい家系のため、現在嫁入りしてきた方々を除いて一族の女性は私くらいだそうです。その為か、大祖父様、私の事が可愛くて仕方がないそうです。もちろん従兄弟たちや再従兄弟達も平等に、未来ある子供たちと大切にしてくださって、平穏無事に過ごしておりました。


そんな私の家族ですが、1人はもちろん、皆さまがご存知のおにい様。トーリ・クロムクライン現公爵。従兄弟ですから、お従兄様おにいさまで、あっておりますでしょう?私、何も間違った呼び方はしておりません。

おにい様の家は、帝国と王国の外交を担っていることから、両国で公爵位を持っていらっしゃいます。普段王国で公爵を名乗ることはありませんでしたが、ちょっとした出来事がございまして、おにい様だけ王国に在住せねばなくなり、寂しかったので私も、と無理矢理ついて参りましたの。だっておにい様が1番私に甘いんだもの。それが私が12歳の頃の事です。


この王国の学校入学は14歳。2歳差のおにい様はご入学。私はおにい様が出かけている間は、家庭教師の先生をお呼びして淑女としての心得を……。……なんてことはなく、来る日も来る日も城に行き、正妃教育を受けておりましたわ。

それもこれも、私がおにい様と共にこの国に来た時、王子が求婚してきやがったせいですわ。「お前を私の嫁にする!」と宣ったせいですわ。黙りやがれクソガk……こほん。考えなしに急にそう言って、王国との関係強化とちょっとした腹癒せであろう"王命"により、そのまま正式に婚約させられたのです。

……まあ、これでも私、貴族の娘ですし。家の為、ひいては国の為に結婚しろと言われればしますけど、あんまりな王命だと思いませんか?(一個人の意見ですの。あまり気にしないでくださいませ。割り切って婚約者として受けなくてはならない教育には耐えました)


我が家の……というか、我が血族のしきたりとして、14歳までは仮面の着用を義務付けられております。魔除けだとか。おにい様たちは顔の一部分を隠すような仮面でしたが、私が渡されたのはフルフェイス。ですが帝国にいるときは、外していい条件の場にしかいなかったので、着用することはほぼありませんでしたわ。

14歳の入学と同時に外す予定でしたけれど、12歳の婚約の際、王から出された要求。

《成人のその日になるまで、"家族"又は"家族として自身が認める者"など、親しい者の前以外で仮面を取る事を禁止する》

《成人になるまで、国外に出る事を禁ずる》

という2点のせいで私は16歳……ついこの間まで、仮面を着用することを義務付けられてしまいましたの。その要求をされた時、おにい様が少し考えて、条件付きで手を打ちました。

私から婚約破棄を求めることができる項目を複数用意し、そのどれかにでも触れた場合、即刻婚約破棄……または、白紙撤回という条件を。ただで要求など呑みません。私の不利益になりますから。

条件は下記の通り。

1、王子が正当な理由無く私を非難した時

2、王子側の過失により私に害が及んだ時

……たった2つ。

王家は抵触する可能性は微塵もないと思ったのか即決。まあ、普通にしてれば破られるような条件ではありませんし。今回の婚約破棄騒動ではブッちぎりましたけど。


それだけの契約の元、私は12歳から婚約破棄されるまでの4年間ほど正妃教育を受け、公爵家の名を名乗るに相応しい振る舞いをして参りました。

ただ、私は王子に微塵も興味御座いませんでしたし、偶に王子とのお茶会に参加させられることはありましたが、あんなに身勝手に私を婚約者として望んでおきながら、特に会話もない。逆に嫌われていたように思います。

私としても、王子が何かやらかしてくれるか、または私と結婚なんて嫌だと言って婚約を無かったことにしていただきたかったので、歩み寄りの精神はあまり持ち合わせませんでした。ただし、王子は意外や意外、嫌っているくせに婚約破棄をしなかった。どうやら友好のための婚約という事実は理解していた為に、国内で有力な貴族の娘も特にいなかったことも幸いしたのか、王子としては正しい判断をして、婚約したままだったのです。

個人の感情で婚約し、王子として婚約を継続し、つい先日、真実の愛(笑)とやらを見つけ個人の感情で婚約破棄した。

私への疑惑など、きちんと調べたなら虚偽であると分かったはずなのに、それをしなかった。


……本当に、愛とは不思議なものですわ。自分の役割を放棄どころか、どんな聡明な人間であっても盲目的になる。それが愛なのか、それとも美に躍らされた結果かは分かりかねますけれど。


「それにしても、王子がやらかしてくれてよかったよ。あと少しで君との結婚を許さなきゃいけなくなるところだった」

「子爵令嬢の……なんでしたっけ?あの方が編入で潜り込んでくださったおかげで、色々と助かりましたわ」

「君はあの王子との婚約が嫌だったし、私も"彼"との約束があるから、君を王家にくれてやる訳にはいかなかった」

「嫌とは言っておりませんわ。ただどうでもいい相手だったというだけで」

「まあこれで、ティアや私が仕組んだわけでも無く婚約は破棄、"王命"も無事遂行された形になった。晴れて自由の身だよ。

今回のことは既に両親たちに報せてある。曽祖父様は君が"王命"について泣き付いて来なくて計算外だったらしい。戻ってきてほしいみたいだよ?」

「おにい様が戻らないなら私も戻りませんってお返事しましたわ」

「だよね。"彼"からの手紙に、僕の機転でなんとかティアの婚約破棄を勝ち取ったって曽祖父様に伝えるから、直に帰国許可も出るって書いてあったよ」

「……根回しが早いですわね」

「"彼"も早く君に戻ってきてほしいんだろう。ようやく君も王国においては成人だから」


でもおにい様達はみんな、私の事を子供扱いしますわ。親戚の叔父様や叔母様、従兄弟のおにい様たちの送ってくる手紙を読む限り、子供扱い真っ最中なのです。


「王国と帝国では成人年齢が違うからね。王国で成人でも、帝国ではまだ未成年。未成年の子供を早く手元に戻したい気持ちが強いんだよ」


成人年齢が違っててよかったよ。君の成人を祝いたい人間は帝国に多いんだ。と、おにい様は続けました。帝国ならおにい様も未成年ですのに。


「それより、シーズン真っ只中なのに、ティアは出かけなくていいのかい?エスコートが必要なら私がいるよ?」

「それはおにい様も同様でしょう。

婚約破棄されて無実の罪を被せられ、傷心中という事にしてありますの。王家主催でさえなければ出なくても問題ないでしょう?」

「ならなるべく早く私が帝国に戻れるように、"彼"には頑張ってもらわないとね。

舞踏会や夜会に、着飾った君を独占して連れ回せるのは今のうちなんだから」


手紙を出してくるよ。とおにい様が席を立つ。私はもう少し、お茶を楽しんでから戻ります。


"顔だけでなく、中身まで醜い女"


そう王子は言いましたね。たしか。

紅茶に映り込んだ私の仮面のない顔は、恐らく美しいと呼ぶに足りる顔でしょう。けれど、どんな美しい顔だって、歪めば醜い。いえ、美しいからこそ余計に醜いと言うべきでしょうか。

その証拠に、あの子爵令嬢とて、整った可愛らしい表情に侮蔑の笑みを浮かべた顔は、見るに耐えない醜悪さでしたもの。


「人の中身など、どこかしら醜いものでしょうに」


12歳の初めての対面の際、王子は私の素顔を見て、そのまま求婚しました。そしてつい先日、王子は目に見える美に食いつき、子爵令嬢の手を取った。成人式では仮面をとった私を私と知らずにダンスを申し込み、私と知って愕然とした。

王子も見た目は、おにい様には劣りますけれど、美形です。けれどその行動は、果たして美しいでしょうか。美にばかり目に見えるものにばかり執着することは、醜くは無いと言うのでしょうか?


なーんてことを、思ってしまった私でした!以上‼

長々綴った"手紙"を、魔法で直接とある方に送り、私は今日も、異国の地で楽しく過ごすのでした。

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