第3話

3、仮面をつけるのはしきたりですが、成人までつけざるを得なかったのは婚約のせいですよ?


突然ですが、この国には王宮主催の大きな夜会が年に3度御座います。

1度目は新年の挨拶の為の夜会。

2度目は建国記念日の夜会。

3度目は貴族の成人式の夜会。

全て貴族にとっては重要ですが、成人式の夜会は特別です。人生に1度の晴れ舞台ですもの。

私達のような未成年貴族(今年の成人式をもって成人と認められます)は、学校に入学してからは新年の夜会と建国記念日の夜会の前半や舞踏会などに参加しております。王子との婚約は入学より前でしたので、出席するものは最低限にしておりましたけれど、それらは全て王子のエスコートで、しかも必要になった時だけ、仕方なくといった感じでなにも言われずにダンスの相手をさせられました。仮面を四六時中つけた相手と踊るのも苦痛だと何度も言われましたけれど、私も貴方が婚約者でさえなければ、絶対に、踊らないのにと終始無言で踊りましたとも。

周囲に気付かれないように相手の足を踏んだり蹴ったり、相手のことを転ばせたりするような足運びには自信がありましたけど、そこは我慢いたしましたわ。相手は王子でしたから。

さて、そんな私ですが、この喜ばしい日のダンスの相手は本来であればあの王子でした。成人式であんな相手と踊るなんて嫌すぎて、仮病を使って休んでしまおうかしらと思うくらいでしたわ。そこに、なんと、まさかの婚約破棄。間一髪免れた王子とのダンス。その上、あんな王子と離れられた!

婚約破棄様様ですわね!


「ティア、そろそろ時間だよ」

「はい、おにい様」


この国の成人は16歳。卒業式を終えて1ヶ月後に行われるのが成人式の夜会。社交界へのデビューであり、品定めの夜会でもある。とても重要な場。ここで不敬や不躾な態度を取るということは、その貴族も家も社交界……ひいては貴族社会から追放されると同義。それ故に各家の親や使用人たちは勿論、教育に力を入れるし、本人たちも貴族として恥ずかしくない振る舞いを学校で学び身につけてくるのだ。

学校は公的には全ての生徒は平等に扱われると言いながらも、実際の形は、貴族の世界をそのまま小さく学校という枠で囲っただけの、謂わば小さな社交界であった。……まあ、本物と違い、余程の愚行で無い限り、嫌厭されることは無い為、失敗しても然程問題視されない、生易しい世界ではあるが。


それを正しく理解していないから、卒業式ではあんな事が起こったのだろう。卒業式には各貴族の親たちが見に来ている。あの惨事を見て、彼らは思ったはずだ。とある子爵家には関わるべきではない。と。王子に関しては、王族であることに変わりはないので、慎重に事を見るだろうけど、あれだけの事をしておいて、お咎めなしはありえない。


「何せ、この私が赦さないからね。私の大切なカティアにした仕打ちは、刑罰1つで償えるものではないよ」


馬車に揺られている間、おにい様は上機嫌に一応、成人式の夜会の概要を話してくださいます。まあ暇つぶしでしょう。おにい様は私の顔を見ていれば、長い道中はたった3歩のような時間に感じるそうだけど、その間ずっと見つめられている私は暇でしかない。


「相手が一国の王子だろうと、容赦しない」

「頼もしいおにい様ですこと」

「私の命を繋いでくれた唯一無二の"家族"の事を、たかが第一王子如きが手に入れる時間を、断腸の思いで与えたというのに、奴がしたことといえば、君を侮辱する事だけだった。

きっと"陛下"も、……さぞお怒りだろう」

「……それは、どうかわかりかねますけれど、"王命"でさえ無ければ、私だって従いたくはありませんでしたよ。

……だからこそ仮面令嬢だなんて名前も受け入れたのですから」

「まあ、それも昨日まで。今日は成人式。

"仮面"はもう、必要ない」


さあ、行こうか。と、おにい様が笑いましたわ。

先に馬車から降りたおにい様が差し出した手に、私のそれを重ねて歩き出す。

周りには人はもうほぼいません。ほとんどの貴族は先に中に入っているはずです。会場への入場は爵位順ですから。位が低い者から順に会場へと入るのです。

おにい様は公爵様ですので、私は最後の方ですわね。あの第一王子は一番最後でしょうから、鉢合わせにならないと良いのだけれど。


「そろそろ侯爵子息達の入場が始まる頃だろう。私は席で待っているから、弁えずに話しかけてくる輩がいたら、すぐに私を呼ぶんだよ?」

「はい。おにい様」


それじゃあ、気をつけて。そう言い残して颯爽とおにい様は会場へと入って行きました。

さて、私も行かなくては。城の大広間の扉の前には、あと数名。おにい様の言う通り、今年成人式の貴族で侯爵位以上の家は、私と王子を含めても片手で数えられる程度です。

1人ずつ広間に入り、会場にいる貴族全ての目の前で一度お辞儀をして、親の元へと行く。ただそれだけですが、そこが肝です。

社交界へと踏み入れた。それは貴族の正式な一員となると言う事。一挙一動に気を使わなくては、この世界で生き残れない。特に女性は。


「おい貴様!私の呼び出しを無視してよく成人式に顔を出せたな!」


後ろからかけられた声に、心底うんざりしながら振り返りましたわ。だってそうでしょう?私に冤罪をかけようとした張本人ですもの。成人式だから仕方ないとはいえ、王もよく参加を許しましたわねぇ。あら?もしかして、王子がここにいるなら、あの子爵令嬢も今日の夜会に来てるのかしら?嫌ね。帰りたいわ。そんな事を考えている私に、王子は呆けた顔でいいました。


「……え?あ、えっと、す、すまない。

人違いだったようだ」


なんでしょう。人の顔を見た瞬間惚けて。しかも人違い?違ってないでしょう。けれどここで返事をして騒がれても面倒ですし、なによりおにい様とダンスの約束があるので黙って再度入場の列に並びました。


「レディ」

「……はい?」


すると後ろからまたかかる声。なんなんでしょう。私は多少苛立ちながら振り返ります。

すると……。なにやら王子の様子が変ですわね。私と目が合うと気恥ずかしそうに視線を逸らし、えーだのあーだのと口籠っております。入場まであと2人。私は貴方に用も興味も御座いません。よって、用事があるなら早くと急かします。ついでに私の入場が迫っていることを示せば、意を決したように、ファーストダンスの相手をしてほしいと言った。

ふむ、成る程。


「嫌ですわ。お断りいたします」


そうはっきり答えるまで、1秒もいりませんでしたわ。反射的に断っておりましたの。私もびっくり。ここまで素気無くお断りした事は無かったわ。どうやら王子も断られたことはなかったらしく、呆けております。おそらく理解が追いつかないのでしょう。

ざまあみやがれ、と気分がだいぶよく……おほん。間抜け面笑……ええっと……。

……その様子にかなり胸が空く思いでしたわ。


「私の本日のダンスの相手は、もう決まっておりましてよ」


入場まであと1人。


「今更誘われても踊ってあげない」


私が誰か、やっと分かったのか、王子の目が見開かれ言葉を失って、ただ餌を求める魚のように口をパクパクしております。

馬鹿な、だなんて……!……なんて間抜けな顔なのかしら‼ああ愉快。ここに来るの面倒でしたけれど、その顔が見られただけでも、今は来て良かったと思いましたわ。

私の前の人が会場に入り、拍手の音がしました。……さて、私の番ですわね。


呆然とする王子など、もう頭の中にはなく、ただ前を見据えて、一歩、踏み出す。

両陛下達が部屋の奥にいますから、言わずもがなここでするお辞儀とは最敬礼。女性はカーテシーですわね。

ふらついたり、深さが足りなかったり、または優雅さが足りなかったり、そういった物足りなさが成人式ではよく見られるのですが、嫌々正妃教育を受け、教師役の夫人の癖や姿勢を矯正して逆に泣かせた私にはそんなものは呼吸も同然。恐らく今年の成人貴族たちの中で最も優美なお辞儀をして、おにい様の元へと向かいましたわ。妙に視線を感じながら。


「ティア、綺麗だったよ。流石私のお姫様だ」

「おにい様がそう言ってくださるなら、大丈夫でしたのね。私、拍手をいただけませんでしたもの」

「そうだね、見惚れる余裕があるなら、拍手くらいしたらどうだろうと私も思うんだけど、ね」


おにい様が素早く会場内を見渡すと、やっと拍手の音が致しました。うん。煩い。さっきより大きな音を立てて叩かないでいただける?物凄く煩いのよ。

その音に導かれるように王子も姿を見せましたわ。同じように拍手が鳴り響きます。それは王子が席に着くまで。


「それでは、成人の宴を始めよう」


王のお言葉をいただき、ようやく夜会は始まりました。とはいえ、成人貴族入場の次に一番最初にやる事は、成人貴族たちの王族へのご挨拶ですけど。


「おにい様、挨拶しなくてよろしいの?」

「ん?いいんじゃないかなぁ」

「おにい様」

「怒らないで、僕の天使。挨拶には行くけど、今じゃなくていい。どうせ貴族たちの売り込みが始まるんだ。僕らは公爵家の人間だ。王が挨拶に来た貴族たちに散々娘や息子を椅子の空いた王子の婚約者の席に売り込まれたり、側近にするメリットを並べ立てられた後に行こう。疲れた王達にあっさりと挨拶して、そのまま二曲くらい踊って帰ろうか。

ここで踊らずとも、うちには最高の楽団がいるから、帰ればゆっくり踊れるし」

「さっさと挨拶して帰るという手もあると思いますの」

「それじゃあ私が君を自慢できないからね」


今までは君を余す事なく自慢出来なかったからとおにい様が残念そうに言って、私の頬を撫でました。おにい様、本当に私の顔がお好きですね。私もおにい様のお顔は好きですが。


「手放したものの大きさを思い知るがいいさ」


まあ。おにい様ったらいい笑顔。仮面を外した分、いつもの倍カッコいいです。王子なんて目じゃないです。老若男女問わずの視線が集まりますけれど、それもまた仮面をとったおにい様の魅力の賜物でしょう。


「カティア・クロムクライン!」


あら、急に騒がしい。

渋々と其方に視線を向ければ、案の定。そこにいるのは元婚約者。今度は何を言われるやらと、身体を其方に向ける前に、おにい様が私を背に隠すように前に出ました。


「王子、席に戻られてはいかがでしょう。

こんなにもめでたい席で、貴方はまた我が家の姫君に謂れもない罪をなすりつけるつもりかな」


おにい様の顔は見えないけれど、王族への挨拶を忘れるなよと早口に言うと、王子は顔色を悪くしながら、自分の席へと戻って行きました。


さてさて、挨拶の列もなくなった頃、私たちはきちんと、両陛下と王子の所に挨拶に行きましたとも。両陛下は先日のことについて再度話したいと申し入れて来ました。おにい様が笑顔で断ります。私は黙ってそれを見ていたのですけれど、王子があまりに不満そうに私を見ています。目を合わせないようにしていたのですが、とうとう我慢が出来なくなったのか、椅子から立ち上がり、私の目の前に来ました。おにい様が素早く私と王子の間に入ってくれます。え?王族の行動に対して、そんなに警戒するのは不敬だと?そんな事、知ったこっちゃ御座いませんわ。元々敬っておりませんので今更ですし。


「王。挨拶も終わりましたし、私たちは一曲踊って失礼しますね」

「う、うむ」


身を翻して、進もうとした私の腕をつかむ手がございました。王子です。婚約者でもない女性の腕をつかむなど、なんという無作法。王や王妃が咎めるような声をあげますが、どうやら離す気が無いようです。


「……離してくださいませ」

「1つ、質問に答えろ」


思ったよりも不機嫌な声が出てしまいましたわ。けれどそれで私の機嫌がよろしくないのはよく分かったのか、それとも自分がやらかした事がどれだけの不利益を生んでいるのかが分かっているのか、質問とやらを聞く姿勢を見せた私に、王子は、何故仮面を一度も取らなかったのかと聞きましたわ。

……そんなこと?


「入学まではしきたりでしたけれど、今日この日がくるまで仮面を外せなかったのは、貴方との婚約のせいですわ」


え?と、戸惑う王子の手は思った以上に軽く払えば外れました。


「成人のその日になるまで、"家族"又は"家族として自身が認める者"など、親しい者の前以外で仮面を取る事を禁止する。

それが王家側からの要求の1つだったからですわ」


でなければ


「好き好んで仮面なんてつけるわけがないでしょう?」


またもや呆然としたままの王子を放置して、おにい様と共に一曲踊り、大衆の目をおにい様の優美な姿で釘付けにしてから、嘲笑うように堂々と、私たちは家に帰ったのでした。

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