蛇足

皇紀八三×年×月×日九時頃

アキツ諸侯連合帝国新領龍顎州某所。


 彼らに会うのに、結局二か月以上の月日が必要だった。

 一帯の土地は恐れ多くも畏くも皇帝陛下がご所有あそばす言うなれば私有地で、文字通り人跡未踏 千古不斧センコフブの大密林が広がっている。

 入域の許可をトガベ少将閣下を介して申請し、一月待ってやっとなんとももったいない御名御璽の入った許可証を受け取ったが、入域の許可日がまた一カ月後で、その間一丁任務をシスルとこなし、やっと旅立つことが出来た。

 しかし、これまた森に入る手続きもめんどくさく、宗教的お清め(神官のお清め、斎戒沐浴)と医学的お清め(検便、検尿、検温、採血、問診)それに生物学的お清め(衣服履物の洗浄、持ち物の点検)を経てやっと密林の入り口に立つ。

 ここからは道など無く、山刀振り回しての歩きになり一 キロメートル進むのに五、六時間かかる日などざらで、結局目的地まで三日も掛かっちまった。

 汗まみれの草汁塗れで到着したその場所を見た時、俺は既視感ってヤツにとらわれた。

 樹々の幹や低木を上手に利用して建てられた簡素な掛け小屋。木の葉や枝を巧みに組み合わせ、雨露人の目を凌ぐに十分なあれだ。

 小屋と小屋の間の通りみたいな場所では、股間に大きな木の実で作った被せだけを身に着け、尻から太い尾を伸ばした男女が、その逞しい腕をしきりに前後に動かして、乾いた木を削っている最中だ。 

 なめらかな木目が削りだされる度に、辺りに甘い香りが漂う。

 小さな目、平たく大きな鼻、耳元まで裂けた口というおよそ人間離れした顔の人々の中で、美しい顔立ちのお目当ての男を探すのは造作もなかった。

 その男は、右足がほとんど使えないのか、左脚と杖だけで器用に人々の間を動き回り、出来た木の削りカスを袋の詰めた物を、赤ん坊を背負った女性に持たせた天秤ばかりにかけ重さを図った後、それぞれの重さを均等に慣らし、丁寧に帳面に何かを書き付けている。


「ご主人、精が出ますな」そう俺が声を掛けると、その男はぱっと破顔しひょいひょいと俺に近づいて来た。その後に続き女性も笑みを浮かべ近寄って来る。


「お久しぶりです、オタケベさん。こんなとんでもない森の奥まですみませんね。お出迎えに行くべきだったんでしょうが出荷の時期が近くてなかなか手が離せずわざわざ来ていただくことになってしまって。この香木、北方大陸でも人気なんですよ心の病の治療でも使われているとか、引く手あまたで大変で・・・・・・」


 そう言ってしゃがみ込み、袋の中の木くずを愛おし気に手で掬い上げる。俺の所まであの懐かしい甘い香りが漂って来た。


「子供も大きくなったな。いくつだ?」と女性の背中に負われた、母親似の赤ん坊の頬をつつくシスル。つつかれた赤ん坊もなぜか嬉しそうにキャッキャッと笑い、お返しにとばかりにシスルのあのカモシカ角を握って引っ張る「痛たっ、よせ」と言いつつ彼女もどこか嬉しそうだ。

「七か月とちょっとだよ」と答えつつ「こら止めなさいヒャンギー」と、男はわが娘をたしなめる。


「ヒャンギーちゃん、か。たしかハン語で『香り』って意味でしたよね?」


 ヒャンギーは父の言いつけに従い、シスルの角から手を離すと、取引とばかりに父に抱っこされることをねだり始めた。彼は妻の背中からそっと我が子を受け取り両手に抱く。


「仰る通りです、人を癒し、人の営みを育み、時には人を護る。この子にはこの木の香りの様になってもらいたいと思いまして」


 と、愛おし気に我が子を見つめる彼の横顔は、一家を支える大黒柱としての誇りと、一女の父のやさしさに満ちていた。

 これぞ誠のおとこが持つべき顔だ。

 と、未だに持てない俺が思う(言っとくが、あきらめたわけじゃねーぞ!)

「今日は泊って行かれますか?本当に何もない所で恐縮ですけど」と本当に済まなさそうに言う男に俺は。


「いやいや、逆に今から帰れって言われる方が酷でしょ。なぁ、シスルよお前もそうだろ?」


 と彼女に振る。


「ああ、それにここで食えるシダの芽を煮たヤツが好きだからな、あるのか?あれ?」


「もちろん、君の為に妻がたくさん取って来たよ」と答え。


「さぁ、私の小屋へおいで下さい、義父もあなたに会いたがってますよ、またお話がしたいと」


 と、我々を促し妻と子を伴い歩きだした。

 俺たち二人はその後に続き、懐かしい甘い香りに包まれながら濃厚な密林の小道を歩いた。


                                    終劇

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