3.そこにいるのに

 走っても走っても、大輝には追いつけなかった。


 だから、てっきりもう学校に来てるだろうと思ったのに。


「いない……?」


 大輝の下駄箱を探して中を見たけど、上履きが入っているだけ。


「どういうこと……?」


 もしかして、事故にあった、とか?


 私はブンブンと首を振る。


 なんてこと考えているの私!


 ……ちょっと落ち着いた方がいいよね。

 私は深呼吸する。

 

 走ってきたせいで呼吸も荒いし。


 こんなとこみられちゃ大輝に心配されちゃ——


「どうしたんだ、お前」


「ひゃっ」


 え、これは幻聴?

 なんで大輝の声が聞こえるの?


 私はぱっと振り返る。


 そして顔を輝かせいつものように大輝の手をとろうと、した。


 けど、大輝の顔は今までに見たことがないほど険しい顔をしていて。


——もしかして、怒ってる? 私が一人で先に行ってしまったから?


「邪魔」


 私は大輝の下駄箱の前にいたことを思い出す。


「ご、ごめ――」


 あれ、と。

 そこで気づく。


 大輝のこんな口調、聞いたことない。

 おかしいなって思って、顔をじっと見つめるけど、やっぱりその人は大輝で間違いなくて。


「なんで」


 その音は声にもなってなかった。


「どいてくれ」


 私は慌ててそこから移動した。


 大輝はすぐに上履きを履いて私のことなんか見向きもしないで去っていく。


 私の手はむなしく空を切った。


「ちさとちゃん、おはよう」


 私は後ろから声を掛けられる。

 まるで絵本から飛び出したお姫様のような女の子は、私のお友達の。


「花音ちゃん……、おはよう」


「え、ちさとちゃん、どうしたの?」


 花音ちゃんは私の手を握る。


「あ、そういえば大輝くんは?」


 私は静かに首を振る。


「そう」


 花音ちゃんは私の頭をなでると私と目を合わせて優しく微笑む。


「後でちゃんとお話、聞かせてね」


 私は自分の目から涙が流れているのに気が付いた。


 花音ちゃんは私の頬を拭った。


「海原さん! 大丈夫?」


「神崎くん……、あ、さっきはごめんなさい」


「気にしないで。それよりも、授業始まっちゃうよ」


 私は慌てて時計を確認する。

 やばい……っ。


「ごめんなさい、二人とも。私のせいで遅くなっちゃって」


「大丈夫だよ、まだ間に合うから、ゆっくりいこ?」


「ありがとう」


 それで私たちは歩き出したんだけど。



 私はこの時発せられた神崎くんの言葉を忘れることができない。



「嫌な女」



 その言葉が誰に向けられているのか、私には分からなかった。





 

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彼氏が美少女と同居し始めました。 山吹ゆずき @Sakura-momizi

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