第三十一話 最終決戦へ

「墓杜家を調べ上げたことで言葉にできない違和感を抱いたものだが、あんたを見てはっきりした……、

 あんただけだったんだな。だから死に神の存在を知っていた――」


 父さんに注目が集まった。


「ひつぎの敵である君に、希望を与えるわけじゃあないが、そういうことだ」

「充分だ、そういう事例をこの目で見られたことに、意味がある」


 オウガが父さんの体の一部分を拳で吹き飛ばした。

 白紙が舞う――向かい風に乗るように、ぼくよりも後方へ飛んでいってしまった。

 咄嗟に拾いにいこうと体を反転させた後、オウガが、


「あんたは元死に神で、あんたを生み出した人間と入れ替わったんだな」


 そう、父さんの正体の暴いた。

 目の前で次々と散っていく白紙。


 段々と体が欠けていく父さんの体は、修復が間に合わず、残り僅かだった。

 右足一本、左腕と顔半分を残してうつ伏せに倒れる父さんに、伝え忘れていたことがあったのだと思い出す。


「父さん! 弟子がいたでしょ!? 確か……御子峰だ! ぼくと同い年の女の子!」

「……いた。そうか、ひつぎに会ったなら、あの子も元気なのか……」


 死に神に殺されている以上、元気とは言い難かったが、再会した時の姿を見るに、まあ元気なのだろう。

 変わらずぼくに悪態を吐いていたし、落ち込んではいなかった。


「お世話になりました、って、言ってた……」

「……あいつが、か。最後の最後に、一番大きな成長を見せやがって――」


 もしかしたら。


 ぼくと御子峰も小さい頃に、出会っていたのかもしれなかった。


 地面に伏す父さんの頭蓋を割るように、オウガが足を上げて、

 踏み潰す寸前にだ、父さんはぼくにでなく、彼女に対して言った。


 嫉妬はしなかった。

 この一言よりも前に、たくさんのものを既に貰っていたから。


「――こちらこそだよ、さくら


 御子峰桜と次に再会した時、父さんの最期を、伝えなければならない。




「いたのか、ひつぎ」


 黒ずんでいく白紙が燃え尽きるように消えた後、オウガがぼくに気付いた。

 いま気付いたように、初めてぼくを認識した態度だった。


 死に神たちは、ぼくを知っていれば入れ替わったところで記憶の改変が起こらない。

 元人間であるぼくを忘れていないのも、そのせいだ。


「今のお前に、オレは倒せない」


「倒せないから、挑まないのか……? ――違う! おまえは母さんを、初を! 殺しにいくんだろ!? だったら関係ない! ぼくの目的はおまえを倒すことじゃなくて、二人を守ることだ!」


「どけ。死に神は死なない体だが、身動きを取れなくすれば簡単に封殺できる」


 箱詰めにして海に沈める、地中深くに生き埋めにする――やり方は様々だと語った。


「死ぬよりも悲惨な末路を迎えたくなければ、そこをどけ、ひつぎ」


 提示された末路を想像したら、足が震え出した。

 結局、ぼくは根っこのところではなにも変わっていない。

 初を守りたい、母さんを助けたい――それでもやっぱり、我が身が大切だ。


「それを、誰が否定する」


 オウガの助け船。

 誰も否定しないだろうけど、でも、ただ一人、ぼくが否定する。

 天秤にかける。


 オウガの言う末路は、誰も助けにこれない場所で、死ねないからこそ、永久に孤独を味わい続ける――終わりのない終わり。

 天秤のもう片方は、母さんと仲直りして、初とこれからも一緒に過ごせる日常が乗っており、想像をしたら。


 人間らしく感情を見せ始めた初の笑顔を、見てしまったら。


 天秤なんて、簡単に傾いた。


「覚悟してる」


「そのリスクを負っても、ぼくには取り戻したいものがあるッ!」



 盛大な溜息を吐いたオウガが、全身を脱力させた。

 それが野生を思わせる臨戦態勢だと気付いた時には既に、


 ぼくは遙か後方へ吹き飛ばされていた。


「――が、ぁッ!?」


 拳痕が残る胸部を見ると同時、全身に走る激痛に顔をしかめていると、


 足音が聞こえる。


 声が聞こえる。


「なら、徹底的に殺し合やりあおうぜ、ひつぎ」

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