二十七、探検家(エクスプローラー)

 片倉は背もたれをいっぱいに倒した椅子にほとんど寝そべるようにして顔をしかめていた。体中に取り付けられたセンサーが、体内に注入され、うごめくナノマシンからの電波を受信し、神経活動のマッピングを行っている。

 頭部をすべて覆うフルフェイスのヘルメットのような機器からは次々と脈絡のない画像、音声、臭気、味が与えられ、全身の皮膚には椅子から温度と圧力を変えた様々な刺激が加えられた。


 一日一時間を一週間。それで全身の神経マッピングは完了し、人体エミュレーター上で片倉と全く同じ神経活動をするモデルが動作を始めた。


「こういうマッピングを終えたのは何人ほどいますか」

 技術者に尋ねた。

「あなたで五人目です」

「皆、陛下絡みですか」

「ええ、陛下以外、エミュレーターを動かし、データを収めておく場所を確保できる存在はありません」

「ほかの四人はどうなったかご存じですか」

「陛下が実験に使用後、契約期間満了により削除しました」

「どんな実験ですか」


 技術者は片倉の顔を見た。


「死について、ですね。死に瀕した際の神経活動の観察です。実験計画に死が含まれていないのはあなたが初めてです」

「そうですか。交雑はいつの予定ですか」

「終わりました。今エミュレーター上にあるのはホモ・サピエンス・サピエンスとメカニカンスの交雑種、正確にはマッピングしたデータと分離人格の融合体です。今の所正常に動作しています」


 片倉は未処理の生データが流れる画面を見ている。意味不明の前衛的な絵画のようだった。

「おめでとうございます。赤ちゃんは健康ですよ」


 技術者の冗談は無視した。


 ホテルの自分の部屋に戻り、日ノ本ひのもと陛下を呼び出した。


「準備完了です。片倉さん、あなたの提案、今になって考えると実行してよかったと思います。融合体は非常に興味深い出力をします」


 黒い箱の映像が表示された。結構大きい。片倉は寸法や重量を重ねて表示させ、再度大きさを確かめて言った。


「もっと小型化はできませんか」

「いや、現地でのメンテナンスを考えると枯れた部品を使わざるを得ません。これで精一杯です」

「私としては運搬手段が多様であった方がいいと思っていたのですが、これでは長距離を人に担いでもらうのは無理ですね。車か荷馬車になる」

「止むを得ません。箱は重装甲ですし、回路はかなりの保護と冗長化が施されています。バッテリーも大容量と安定性を主に選ばれました。可搬性は犠牲になっています」


 映像が切り替わり、ユーラシア大陸が映った。日本から上陸した後、東から西へ横断する線が次々と投影される。陛下は説明を続ける。


「今回はユーラシア大陸の様々な組織を調査し、食糧、エネルギーや資源の安定供給の見通し、及び日本に対する何らかの脅威がないか確認するのが目的です。よって予算は各省庁が分担します」


 線のうち三本が残った。一本は濃く、残り二本は薄い。


「これが予定です。状況によって予備に切り替えます。中継気球が生きており、電力や交換部品が入手しやすいように選定されています」

「その代わり面白味はない。これではわざわざ融合体を送る意味がない。外交官でいいでしょう」

「片倉さんの言う、融合体を送るに値するような行程とはどのようなものですか」


 別の線が引かれた。大きくうねっている。


「恐ろしく予算を食い、危険性も大きい。融合体を収めた機器が物理的に破壊される可能性があります」


 陛下の指摘に片倉は笑って答える。


「こちらなら得られる情報の価値は大きい。ロシアか人民軍の人工知能と接触を図れるかもしれません。大分裂以前から稼働している人工知能です。その価値は危険に見合います」

「そんなものをいつの間に嗅ぎつけていたのですか。確度の低い情報ですね。予定の地域は細分化された組織が相互に破壊と略奪を繰り返しており、仮にそのような人工知能があったとしても機器が破壊されているか、ないしは電力の供給が断たれて動作していないでしょう」

「しかし、最近中継気球が捉えた高度な暗号通信があります。軍が使用するようなものです」

「それはノイズと結論付けられました。だからこそ片倉さんでも参照できたのです。わずかでも可能性があるなら機密になっていたはずです。危険を冒す根拠にはなりません」

「官僚が機械的に処理した公式見解はどうでもいい。陛下ご自身も本気で無意味な信号と考えていますか」

「いいえ、しかし……」

「なら……」

「片倉さん、あなたはもったいないと言われましたが、私は分離人格で死を体験し、エミュレーターですが死にゆく人を観察しました。それを雑種でも実験しました。データとしての死を知っています。もう充分です。いくらでも複製できるデータだからと言ってみすみす死なせていいものではありません」

「死の可能性がある探検、冒険は過去に多数実例があります。人間社会の発展の一翼を担ってきました。死の危険を伴った調査行は伝統です」

「私は過保護ですか」

「命に対して過保護なのは悪い事ではありません。それどころか現在の日本社会を運営していくには欠かせません。しかし、未来を考えるなら危険を承知の上で跳躍も必要です。それに死ぬとは限りません。準備を十分しましょう」


「各省庁の説得には時間を要します」

「陛下、時間がかかるのは好都合です。同時並行で現地の安全確保を進めましょう。組織間の力関係を見据えてつかず離れず中央を通るのは独立人インディーズの得意とする所です」

「売り込みがうまいですね」

「もう仕事はないと思っていましたが、むしろ大仕事になりそうです。また頑張ります」

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