最終話  屏風のぞき




 まあ、そんなわけです。


 屏風びょうぶの向こうには――この部屋があった。

 まあ、当たり前といえば、そうですけどねぇ。



 納得いってないみたいですね。

 まあ、そりゃ、この部屋に屏風なんてありませんからね。

 でも、問題はないみたいですよ。

 玄関の扉、クローゼットの戸、トイレの戸、キッチンの戸棚、窓のカーテン。何でしたら部屋の中の家具、そんなものの陰からでものぞくことはできてますから。

 ほらね、こういう、パーテーションの向こうからでも、こうやって覗けてますよぉ。

 そもそもパーテーションなんて、ほとんど屏風みたいなもんですしねぇ。


 まあ、覗く、なんて言っても、あなたからこちらがどう見えてるのか、そもそも見えてるのか、それはわからないんですけどねぇ。

 でもまあ、大事なのは見えることじゃないですよね。

 むしろ見えないこと、感じることのほうが大きいみたいです。

 もちろん、おびえること、恐怖することも、ねぇ?



 あなただってそうでしょう?

 布団にくるまって、頭まで隠れて、でもわかりますよ。意識はこちらを向いてる。物陰に怯えてる。物陰にひそむナニカを――私を、恐怖してる。


 そんなに怖いなら、最初からこんな部屋に住まなきゃいい、とも思うんですけどねえ。

 噂になってるんでしょ?

 いまの私には、もう確かめることもできないけど、今までここに入った人たち、さんざん怯えて、もう狂うぐらい心をすり減らして出て行ったはずです。

 ああ、そうですか。死んだ人もいるのかぁ。

 親戚の子たちみたいに、両親みたいに――私みたいに、なんでしょうねぇ。


 ええ、わかりますよ。あなたの心のなか。

 怯えているの、ありありと覗けます。

 なんでしょうかね。覗けるんですよ。あなたに限らずね。

 それも、覗けば覗くほど――視線シセン? を送れば送るほど、ますます心が怯えてくのが見えるんですよぉ。

 まあでも、ただ覗くだけってのもつまらないですし。

 私がどうしてこの部屋にいるのか、どうしてこんな風になったのか、そのテンマツ? を話してさしあげたわけです。

 さして怖い話でもないと思うんですけどねえ。それでも、こちらから言葉を投げかけたら投げるほど、視線シセンを送るのとおんなじように、相手のひとの心が恐怖に染まってゆくんですよねぇ。


 やっぱり、私、もう同化しちゃってるんでしょうね。

 部屋の物陰と、この暗がりとけ合って、一体のモノになっちゃってるんでしょうねぇ。



 ――あ、また疑問ギモン、浮かべましたね。

 どうしてこんなことをするのか、って。


 ん、私にももう、よくわからないんですけどねぇ。

 ……ただ、もうねぇ、他のことが思いつかないんですよ。

 暗がりから、物陰から覗くこと。覗いて、部屋のなかの人の意識を恐怖に塗りつぶしていくことしか。

 他になにかしようとか、この状態から抜け出そうとか、あなたや他の人たちに悪いとか可哀想だとか、そんなことすら抜け落ちちゃってて、もう。


 妖怪?

 ――そうかも知れないですね。

 もう妖怪なのかもしれないですね。それとも妖怪にかれたのかなぁ。

 もう、妖怪『屏風のぞき』になってるんでしょうかねえ、私が。



 まあ、そこのところは、ゆっくりと語ろうじゃないですか。

 まだ夜明けまでは長いです。それこそ、永遠と思えるくらいに、ね。

 ここから覗きながら、夜が明けるまで、たっぷりと恐怖と暗闇とを吹きつけてあげますから――。




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屏風のぞき 武江成緒 @kamorun2018

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