第4話 隠れん坊




 まあ、でもね。

 そこまでびくびくしながら暮らしてたわけでもなかったんですよね。

屏風びょうぶの部屋』も、普通に生活してれば近づくこともなかったですし。

 ええ、普通には。


 もう何度か言ったかなあ? うち、それなりに古い家だったんですよね。

 だから、年末年始とかは大変で。

 まあ、どこの家でもそうなんでしょうけど、うちはね。

 ほら、つまり、たくさんいるんですよ。親戚。

 それがね、年末年始になると、かなりの人が本家に、つまり、うちですね。顔、出しに来て。

 その、古い家ですからね。年末年始には本家さんへ挨拶あいさつに、みたいのが徹底してて。

 まあ、全員が全員、来るわけじゃないんですよ? なるべく時間もずらして来るし。

 でも、やっぱりあるわけじゃないですか。限界。

 夕飯どきに来た人とか、そのまま帰すわけにもいかないでしょ。ご飯たべてもらって。

 ほら、年末年始ですから。もうゆっくり過ごしてけ、泊まってって、って話になる。


 だから毎年、その時期になるとね。親戚の家族が、三家族くらい泊まり合わせて。

 それに小さい頃は、親戚んちの子たちも、せいぜい10歳そこらまでの歳で。

 親戚の子たちにしてみたら、古いお屋敷なんか、珍しいわけじゃないですか。

 あちこち立ち入ってみる、覗いてまわる、いじってみる。もうだいぶ騒がしくて。

 最後には、下手したら10人ちかい子たちが家じゅう走り回ってました。


「かくれんぼしよう」


 あれ、誰が言い出したのかな…………思い出せない。

 とにかく、気づいたときには、親戚の子たちみんな、家のあちこちへ散らばってたんですね。

 私ですか? はい。入ってました、かくれんぼ。

 まあ面倒くさかったんですけどね。親戚の子たちにとっちゃともかく、ただの自分の家だし。

 でもまあ、それだけに、勝てないとくやしいじゃないですか。

 それで、みんなが散らばるのに混じって、走り出しましたよ。


 行き先は表玄関でした。

 玄関わきに、小さな戸棚があったんですね。

 戸棚っていうか、納戸なんどですね。中は意外と広いし、物も置いてあるから隠れやすい。

 何より玄関の、ほんと、すぐわきにあるんで、まず目立ちにくかったんですよ。

 中には電気もついてないし、戸を開けられても、奥の暗がりまでそうそう探しはしないだろうって。

 我ながらいいところに目をつけたって、ちょっと得意になって。

 ちょうどポケットに飴、あったんですよね。家に来てた親戚のおばさんにもらったやつ。

 それをしゃぶりながら、暗闇にじっとうずくまってました。


 飴がぜんぶなくなって、いや、なくなってからもけっこう時間たったころでしたかね。

 私、飴はゆっくりめるほうなんですよ。はい、子供のころから。

 だいぶ嘗めたな、って思ったら、きゅっと口をしぼって、しばらくしゃぶらないようにする。

 だから、一個いっこ、飴を嘗めきるだけでも、かなり時間がかかってたはずなんですけどね。

 7個くらい嘗め終わって、しばらくたっても、探しにくる気配もない。

 いえ、広いっていっても家一軒ですからね。

 そろそろこの辺りにまで、探しにくる気配くらいはしてもいいはずなんです。

 まあね。隠れてるって言っても、つまり暗いところに一人でいるわけですからね。

 ええ。だんだん気味わるくなってきたんですね。

 そろそろ出ようか。いや、まだ降参したくない。そうやって悶々もんもんとしてるところにですね。


 急に、納戸のまえの廊下を、どたどた走る足音と気配がしたんですよ。何人分も。

 それもね、大人の足音なんです。


 ぎょっとしましたよ。

 さっき話した、母がすごい剣幕で『屏風の部屋』から逃げてきたとき。

 あれでね、まあトラウマ、てヤツになってたんですかね。

 もう何にも考えられなくなって、わぁっ、って泣きながら納戸から飛び出たんです。


 そしたらね、目の前にいた大人。まったく知らないおじさんで。

 しかも白いヘルメットかぶってて。

 まあ、何となくわかりましたよ。

 これ、病院かどっかの人だって。

 なんか家が、大変なことになっちゃってるって。

 余計に泣くのが止まらなくなってね。ええ。

 母がすっ飛んで来るまで、こっちも大変でしたよ。

 家の奥でも大騒ぎ、玄関わきでも大騒ぎ。たぶんあれ、えらいことになってたんだろうなぁって。


 ええ、その通りですよ。

 家の奥の騒ぎ、っていうか、もともとの騒ぎのもとは、もちろん『屏風の部屋』でした。


 従弟にあたる8歳の男の子と、又従兄にあたる10歳の男の子。

『屏風の部屋』で、その二人が気を失って倒れてて。

 8歳の子のほうは呼吸が乱れてて、あぶない状態だったらしくて、まあ、だから呼んだんですね。救急車。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る