振り返ると、其処には……私がいた。

琉水 魅希

第1話 バックミラーに映るのは誰?

 私には片想いの男の子がいる。

 通学路の途中、学校の校庭とは別グラウンドで朝練を行っている野球部の男の子がいる。

 

 春まで背番号「5」を付けていた彼。

 今は夏に向けて新レギュラー争いが激しい時期。

 新入生が入ってきた事で2・3年生も引き締まるし練習にストイックさが増す。


 失礼を承知で言うと、彼は見た目が特別良いわけではない。

 抑々野球部はサッカー部と違い、髪の毛を伸ばしたり色を変えたりは出来ない風習にある。

 野球部は基本坊主か精々スポーツ刈りが良いところ。


 そこに帽子やヘルメットを被ると、興味の薄い人には誰が誰だかわからないくらいには特徴が薄い。

 モブキャラ製造部と言われても仕方がないかもしれない。


 そんな中、目立つのは限られた数人程度。

 エースだったり4番だったり。


 私が彼を気になりだしたのには当然きっかけがある。

 ある日、彼が練習で打ったファウルボールが跳ねて、跳ねて……最終的に私の足に当たった。

 驚いたのもあって私は転倒してしまった。

 その時スカートが少し捲れてしまい太腿が……

 ス、スカートの中とか見られてないよねっ?

 なんて足が痛いのに相手に失礼な事を考えてしまう。


 「大丈夫か!?ごめん!」と言って練習中であるにも関わらず、駆けつけてきて。


 大丈夫?痛むところはないか?と私の足を診てくれた。

 「痛っ」

 私が漏らすと、彼は大変だ保健室へすぐ行こうと言って、有無を言わさずおんぶして保健室へ強制連行……連れて行ってくれた。


 保健の先生に診てもらうと、腫れも然程大きくなく湿布を貼り、包帯を巻いてくれた。

 「痛っ、まだ歩くのは厳しいかも。」

 ただ、やっぱり歩くと少し痛みが走り家まで帰るのが辛い。

 両親は共働きでこの時間は家にいないし、友達はみんな部活か既に帰宅しているため頼る事が出来ない。

 最悪先生に送ってもらうしかないのかなと思っていると。


 彼がちょっと待ってくれ、すぐ戻ると言って保健室を出て行った。

 10分もせずに戻ってきた彼は、ユニフォームではなく制服だった。


 顧問の先生に事情を話し帰宅の許可を貰い、急いで着替えて保健室に戻ってきたと言う。

 彼はやけにはぁはぁと息切れをおこしている。

 余程急いできたことがうかがえた。

 

 その帰り道、何を話したかは覚えていない。

 保健室までの道のりと同じように、私をおんぶしカバンも持ってくれた。

 私のないお胸は彼の背中に当たるし、太腿は触れられるし、本来なら「えっち、すけっち、わんたっち」と、遠慮するところだったのだけれど。


 考えてみれば保健室に向かう時から既に嫌な気はしていなかった。

 ボールを当ててしまい怪我をさせてしまった事に対して、真摯に向き合ってくれる姿勢に、邪な事を抱いているかもなんて考えは失礼だった。


 それどころかその姿と、彼の背中から伝う熱い想いと部活でかいた汗の匂いが心地よかった。

 頑張ってる汗は、私の心を癒してくれた。

 むしろ変態は私の方かもしれない。


 気付くと私の家に着き、この時間は終わりを告げる。

 私はカバンから鍵を取り出し玄関を開けると、彼は肩を貸してくれ玄関の中に入れてくれる。

 しかし彼はそこまでしてくれた後、スッと後ろに下がった。


 「本当にごめん、明日も痛むようなら何でも言って。」そう言って彼は電話番号とアドレスの書かれたメモを手渡し帰っていった。


 当てた方としては当然の対応だったのかもしれないけど、これまで恋愛をしてこなかった私の心壁を攻撃して破壊するには充分過ぎるきっかけだったと思う。

 もう私は彼を気になりだしていた。

 メモを手渡された時に触れた手。

 大きかった。

 あの手で……自分の手をない胸に当て、何やら想像しているとドキドキが止まらなかった。


 念のため翌日病院に言ったが大したことはなく、幸い数日で腫れも痛みもなくなったけど、あの日以来彼とはたまに話すようになった。

 そのせいか、少し野球好きになった。


 あの後、何度か練習を影から見ていると、もっと近くで見学をして良いと顧問の先生に言われた。

 そのため間近で彼の練習尊い姿を見る事が出来た。


 見学が当たり前のようになると、今度は休憩や部活終わりに水やスポーツドリンクを差し入れたり、汗を拭くためにタオルを手渡したり。

 彼専用のマネージャーみたいになっていた。

 野球部のマネージャーになったわけではないんだけど。

 

 野球の試合にはない彼専用マネージャー的ポジションが楽しかったしドキドキしたし心地よかった。


 他の部員からはふうふ~(夫婦とヤジの二重の意味)と掛け声掛けられたり、式には呼んでなと言われていたけど、私達は付き合っているわけではない。

 中学生くらいならば、この流れで付き合ったりもするのかもしれないけど。

 抑々告白なんてしてないし。


 野球に打ち込んでいる彼を見ると、先に進もうとする勇気が湧いてこなかった。

 強豪校ではないので、甲子園は普通に考えて不可能に近い。

 それでも一つでも多く勝ち残りたいという想いは、彼は誰よりも強いと思う。

 それは練習での態度や声掛けなどから察する事は出来る。


 そんな姿勢にきゅんっとする。

 やはりいつの間にか墜ちていたのだ、恋に……

 

 ほんの数日前は名前も顔も知らないその彼に。

 野球に一生懸命打ち込む姿に。

 目が離せなくなっていた。 


 父の部屋にあった昔の野球漫画では、姉の姿があったけど。

 今の私はそれとだ。


 私は、このままで良いという想いと

 一歩前に進みたいという想いと


 そんな想いが交差して、が少し苦しい。

 もっと近くに居たい、でも勇気が出ない。

 そのもやもやが苦しい、恋する乙女ってみんなこうなのかな? 


 ある日、彼と野球部の人達が一緒に帰っていくところを発見する。

 彼の他には4人が一緒だった。


 意識すると漏れ溢れてくる想い。

 以前彼が私の足の代わりに支えてくれたけど。

 今度は私が彼を…… 

 隣で支えたい。

 

 他の部員が居ても関係ない。

 私のは……


 もうだめだった。

 溢れた想いは行動となって私を突き動かす。

 走り出した衝動恋ごころはもう止まらない。


 「○○君っ」


 野球部の人達はビクっとして立ち止まった。

 でもこちらを振り向いてはくれない、どうしてだろう?


 私は意を決して彼の元へ駆け出す。


 その時の私は多分酷く緊張をしていてをしていたことだろう。


 声を掛けたのに振り向いてさえくれないなんて。

 私、待てないんですけど?

 このドキドキのまま待つの?

 衝動恋ごころで心が、駆け出した事で身体が、2重の意味でドキドキなんですけど。

 あとなんか変な波動を感じてちくちく苦しいんですけど?


 「○○君っ」

 「悪い、待たせたな。それで何か用か?」


 そっけない態度にちょっとムっとしたけど、それは今は置いといて。

 私は先程決心した事をようやく再開しようと、まずは足を揃えてピシッと直立した。

 そして腹の底から大きな口を開けて、それこそベンチから声を掛ける他の選手に負けないくらい大きな声で。


 「あの時おんぶされた時から気になってて、気付いたらもうどうしようもないくらい好きになってました。恋人を前提にマネージャーからよろしくお願いします!!」

 そこでバッと頭を下げて右手を差し出していた私。

 ちょっとヘッドバンギング決まった感があるけど。

 なんか私の髪が乱れているような気がするのは気のせいかな?


 卑怯かと思ったが少しだけ顔を上げて下から彼を覗き込んでみた。

 相変わらずこっちを見てくれない。


 私が告白を決意してからどのくらい経ったのだろう。

 言わなきゃ、伝えなきゃと悶々し続けて。

 さっきのは回りくどい言い方だったかな?


 「○○君の事が好きです。付き合ってください。」

 私は簡潔に言い直した。


 そして彼は、彼らはゆっくり、ゆっくりと首をこちらに向け……


 私を見るなり、恐怖で引きつった顔をしている。

 なんで?なんでそんな顔をするの?

 私の後ろに何かいるの?


 私は顔を上げ、彼や彼らの方へ一歩二歩と進める。

 すると彼以外の4人は悲鳴を上げて何処かへと走り去っていってしまった。


 私に気を使ったのしては変な感じよね。

 まぁいいか、やっとになれたんだし。


 「○○君、それで返事はどうかな?私はもう貴方の事が好き過ぎてそうだよ。」

 「照れ過ぎて、多分になってるだろうし。走ってきたからだよ。」

 「四六時中貴方の事ばかり考え過ぎてだヨ。」


 「ねぇ、私はこんなにも貴方を愛してるのにどうして返事をくれないの?」


 彼はぎこちないながらも指をぷるぷる震わせ、後ろを見てみろとばかりに指を動かしていた。

 ん?後ろを見ろっていう事かな?

 それが告白の返事と何の関係があるんだろう。



 仕方がないので私は振り返ると……



 そこにはバックミラーに映った、目玉が片方飛び出て、歯が何本か折れ、鼻は曲がり、胸は張り裂け、内臓が一部垂れ流れ、腕や足は変な方向に曲がり骨が露出し、脳がはちきれている……



 血塗れの




 ぇ?


 私?


 え?


 わたし、しんでるの?



 彼の方を再び振り返ると……


 彼の隣にテレビで見覚えのある霊能力者がいて、ワタシにナニカを貼り着けた。


 そして何やら言葉を連ねているけど私には何を言っているのかわからない。


 今私が感じているコレは苦しいのか、安らぎなのか。


 一つわかっているのは、わたしの存在が希薄になっていくのを感じた。


 もう一度ミラーの方を振り返ると……


 彼を好きだと野球の練習を影から見守っていたあの頃の私の姿が映っており。

 両の目からは涙が流れていた。


 彼は、「ごめん」と謝ってきた。

 でもそれは何に対するごめんなのだろう。


 私、思い出した。

 ここで、この場所で。


 車に轢かれそうだった彼を突き飛ばして、代わりに私が轢かれたんだった。


 それで彼は助かり、私は死んでこの場所から動けず、ただ待っていた。


 「俺、○○の事、好きだった。でも素直に言えなかった。ごんな事になる……なら、もっと早ぐ言うべきだった。そうすれば……」


 「良いんだ。今返事聞けたしね。それに、あのまま所謂地縛霊でいるより、きっちり成仏して来世にワンチャン掛けられる方が良いし。」


 「だ、だがらぁ、君はちゃんと生ぎて往生じでね。それ以外でこっちにきたら赦さないんだがらねっ。」


 彼も私も大泣きしていた。


 幽霊でも泣けるんだ、もしくはこの霊能者のサービスかな。


 「じゃね、来世では甲子園に連れてって♪」


 「うん。わがった。5連覇するから隣で見ていて欲しい。」


 2人は互いの目を見合って……


 「「愛してる。」」


 そして私はミラーの方へ振り返ると……


 無数のが私を掴み……


 どこかへと連れていこうと門が開き、無数の手と共にそこへ吸い込まれていった。



 「来世でワンチャンなんてない。」


 彼の横で霊能者は冷たくあしらった。

 本当に怖いのは、地縛霊として現れた彼女ではなく。


 学校が頼んだらしいのだが……

 あっさり地獄だかに送り込んだこの霊能者ではないだろうか。

 


 彼は其処に立ち尽くして、彼女が消えてった方を見ていることしか出来なかった。




しかしそれから数日後、この場所で振り返りバックミラーを除くと、事故にあった直後の姿で愛の告白してくる幽霊がいるという噂が流れる。


誰が振り返ってもである。


この道はやがてこう呼ばれる。

「告白幽霊ロード」









 彼女は成仏したのではなく。


ただ彼を同族にしなかっただけ。

幽霊の対応を誤らなかっただけ。


彼のような対応をしないと、闇に引きずり込まれ彼女の一部になる。

 彼は彼女にとって本当の告白対象だったため偶然にも取り憑かれる事も、闇に囚われる事もなかったが。



対応を誤った者の末路は。




「今朝のニュースです。本日未明、霊能者としてテレビ出演もしておりました◯◯◯◯さんが、遺体で発見されました。関係者によると、ものすごい恐怖体験をしたような表情をしており、腕や足が曲がってはいけない方へ曲がっていたり、内臓が飛び出ていたという非常に凄惨な状況だという事です。」



どんな神霊現象もハジマリがある。

彼は彼女の地縛霊スタートに立ち会ったに過ぎない。


生前の彼女を本当に好きだったためラブロマンスのように回避する事が出来たが。


彼女の姿に怯んだり告白に応えないと、件の霊能者のような結末を迎える事になるだろう。


「振り返ってみようぜ。」

男女合わせて5人が振り返りバックミラーを除くと、≪≪5人の彼女≫≫があの姿で


「あなたのことがすきです。」×5


彼女は増殖していた。

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