通じるとは言っていない

逢坂ソフナ

想いが通じる5分前(通じるとは言っていない)

「せ、生物学的に考えて、もんぶさんみたいな女の子の方から好きになってもらうにはどうしたら良いかなあ?」


「はあ?」


 夕日が差し込み、一面真っ赤になっている高校の教室内から無理やりひねり出したような声が聞こえた。


 もんぶ、と呼ばれた少女はくせっ毛の短めの髪をあちらこちらに爆発させたような頭をし、厚めのレンズで出来た眼鏡をつけているため、ぱっと見ディープなナードっぽさを感じさせる。

 しかし眼鏡の内側をよく見ると色白の肌のうえにかわいい、と言うよりは美人、のパーツが散りばめられており、ここに一つ化粧でもしたら大化けするような、見る人が見れば光るものを持ち合わせている。


 一方で、声の主の男子は頭をこれなら校則に引っかからないだろう、位の染色とセットを施した髪型に整え、顔は夕日の影響もあるだろうけれど真っ赤だ。

 これでタレ目なところがなければ問題なくイケメンで通用するような、ある程度整った顔と気持ち高めの背をしている。


 そんな相手の一世一代の告白らしきものを受けたものの、少女はまるで内容がピンとこない、といった表情と、気の抜けたような返事を返していた。

 

 場面は少しさかのぼる。


* * *


 窓際の私の席の横からふく風が、私が手元で開いている本のページにふわっと吹きあたってぱらぱらっ、とめくられそうになったので慌てて両手で押さえます。


 高二クラスの階である二階の窓から吹いてくる風は、秋から冬の気配を感じるようになって、窓際の私の席に積み上げてある自前の本の間からも、そろそろ隙間風と言って良いような通り風が、短く切ってボサボサで色素の薄い私の髪とセーラーの襟を撫でるようになって来ました。

 度の強い眼鏡越しに見える窓の外の樹木も、日一日だんだんと紅葉の色が濃くなっているように思われます。


 私は文部(あやべ)るか。友達からは『もんぶ』と呼ばれています。幼い頃から生物研究者の父の研究手伝いに女だてらに駆り出され続けた結果、いつしか私も研究者を志す様になりました。

 いえ、もういくつか論文やレターをパブリッシュしているので、研究者を名乗ってもいいかもしれません。

 学校で学ぶことももはや正直あまり無いので、授業中だろうが構わず暇を見つけては、読まなければならない専門書やジャーナルを読んでおり、それが私の席で山となっています。友達はそれをもんぶの山、モンブランだと評しました。上手いことを言う。


 前まではソロ活動でやってましたが、最近一人友達が(もんぶはその友達がつけたあだ名です)出来たこともあり、時折声をかけられるようになりました。まあこっちとしては相手をよく知らないのですが。


「もんぶさん、ちょっといい?」


 いつもの様に放課後、誰も居なくなった教室で本(古本屋で見つけた、恩師の一人が昔共著で記した本。400円)を授業中から延々と読み続けていると頭の向こうから声が聞こえました。


 その声に顔を上げると、少しタレ目で、人好きのする様な顔つきと柔らかい表情をした、うっすら栗色が入った髪の男子が立っていました。どことなくイケメンのエフェクトっぽいものがキラキラが舞っている様な雰囲気を受けます。


「あやべですが何か」


 眼鏡の奥の目を少しすがめて返します。いきなりあだ名とは無礼な。


「あ、ごめん、前に高崎がもんぶって言ってたから、そう呼んで良いかと思った」

「別に構いませんが」


 高崎さんとは最近出来たその友達です。友達が多いらしく、友達となってからこういう手合が声をかけてくるようになりました。


「それは良かった、ならもんぶさん、ちょっと相談なんだけど」


 そういうと栗色キラキラ男子は頭を掻きながら話を続けた。いやまず名を名乗れ、あなた誰ですか。


「えーと、ぼくは真鶴(まなつる)って言うんだけど……そっか、やっぱり知らなかったか」


 怪訝な顔から察したのか、栗色キラキラ男子は名を名乗りました。そう、それで良い。


「もんぶさんって色々生物学の本を読んでる物知りでしょう、ちょっと聞きたいことがあって」


 そう言うと真鶴さんは少し言いにくそうに言いました。



「せ、生物学的に考えて、もんぶさんみたいな女の子の方から好きになってもらうにはどうしたら良いかなあ?」


「はあ?」



 予想外の質問に思わず気の抜けたような返答が出てしまいました。……何を言っているのだこいつは。


「確かに私は遺伝学の研究者ですが、人間行動学には疎いですしそう言われても」

「いや、一般論でいいんだ! 例えばどうすれば女の子の方から声をかけられるようになるか、とか……」

「そもそも人間を始め大抵の動物の生殖活動は男がアピールして女が選択権を握るものですし」

「せ、せいしょくって……」

「そもそも男女では生殖活動にかかるコストが違います。人間の女の場合10ヶ月妊娠し、授乳し、何なら育てる時間がかかるため、ただ種を撒けばいい男とはバランスが成り立ちません」


 これを実効性比と言います。とまでは説明しませんでした。


「なので何もアピールしてないのに何故かもててもててハーレム、とかは諦めてください」

「い、いやそう言わないでよ、何ならもんぶさん自身が男がこう振る舞ったらいいだろうなあ、と思うみたいな個人的意見で良いから!」


 本の続きを読みたかったので、ぴしゃり、と閉めたつもりだったけれど、栗色キラキラ真鶴さんは食い下がってきます。

 そういえば高崎さんも前に結構押しが強かったけれど、これが類は友を呼ぶ、ということでしょうか。

 しかしそう言われても……と思ったけれどここは個人的意見による生物学的アプローチで良い様なので、折角だから思考実験してみますか、と思い、少し考えて言葉を返します。


「先ずは男が子供を産むことですね」

「……いきなりハードル高いね……」

「まあこれは単に男という名の女が出来るだけなので却下するとして」


 と、アイデアをヒラヒラ手で掃き流します。性でコストが不平等だからって性別の名称だけ逆転した所で本質は同じでしょう。


「性行為と生殖が結びつかないとかどうでしょう」

「……どういうこと?」

「完全な避妊法により子供が出来ないようにします。そうすると生殖コストがお互いゼロになるので男女平等な付き合いが出来るはずです」


 詰まる所、「実効性比」は子供を産んで育てるコストがかかるから不平等になるので、これはいいアイデアだと思ったのですが、


「……それは嫌だな」


 真鶴さんはあからさまに嫌な顔つきになりました。


「そうですか?」

「だって好きな子との子供ってやっぱり見たいし」

「ならそれこそ自分で産めば良いのでは」

「シュワちゃんの未来技術に期待か」


 シュワちゃんという謎の登場人物が出て来たけれど、あまり気にせずスルーする事にしました。



「注文多いですねえ。なら仕方ありません」

「何か別のアイデアあるの?」


 私は眼鏡をキラリ、と閃かせた気になりつつ説明を始めました。


「要は生物学的に考えると、生殖活動において男性のコストの方が女性より高くなれば女側から積極的になるのです。ということで」

「ということで?」

「『一度でもデートしたらその後その女性の産む全子供の育成費用と労力を全部負担することとする』という社会規範にしましょう」

「にしましょうって……」

「そもそも私達女が産む性なのは仕方ないとして、育てるのは男でも良いじゃないですか」

「……もんぶさんはそう言う価値観の人なの?」

「いえ別に。単なる思考実験です」


 何となくちらりと想像してみるけど、ちょっと考えただけでも自分の結婚生活なんて想像を絶します。


「なので交際において男のコストを最大限高めれば、女性から男性をどんどんナンパするのでは、と」


 そういって手元の読みかけの進化と行動について書かれた本をちょっとだけ見る。……早く続きを読みたいんですけれど。


「実際旧世界ザルのメスはそうやって『父性の混乱』を起こす戦略を取っています」

「でもそれだと女側は彼氏が居てもどんどん浮気するって事にならない? ちょっとなあ……」

「確かに利益を追求するとそれが最適行動になりますからね。一人からコストをかけられるより複数からコストをかけられる方が利益が大きいですし」

 そう説明を続けていると真鶴さんからキラキラが目に見えて減ってきているような気がしました。


「真鶴さんはそれが嫌な価値観の人ですか」

「え……どうだろう。たしかに想像するとスゴく嫌だけど……」


 待ち切れなく手元で本を開いた私に、真鶴さんはこちらをチラチラ見てそう言う。さては私の本にも興味があるのでしょうか。


「まあこの位ですかね。ご参考になったでしょうか」

「え、ああ、うん。ありがとう」

「お役に立てて良かったです」


 そう言い添え、私が本に戻ると真鶴さんはキラキラががくっと減少した体で廊下へと出ていきました。

 そして私はまた心置き無く読書が出来る様になりました。


* * *


 がっくりと落胆した風で廊下に出た真鶴に、扉の影で様子を見ていた、癖のないショートカットの女子が声をかけた。


「……どうだった?」

「……取りあえず代わりに子供を産めば良いらしい」

「もんぶらしい発想だね……」


 ショートカット女子は呆れたように言った。


「あるいは『私が産むなら浮気した別の男と共同して育ててくれ』と」

「それももんぶらしい……のかな」


 突飛な意見にショートカット女子は怪訝な顔をしたうえでリアクションに困った表情をした。


「力になってくれた高崎には悪いけど、やっぱり諦めようかと思う……」

「まあ生物学から攻めるのは、研究バカのもんぶへのアピール方法として間違ってなかった、と信じたいし……また協力するからもうすこし頑張りなよ!」

「いやまるで相手にされてる気がしなかったし、多分俺次会っても顔すら覚えられてないって自信があるよ……」


 真鶴は首を振って文部の教室前をすごすごと後にし、取り残されたショートカット女子、高崎は教室内の文部をちょろっと覗くとハァ、とため息を一つついて誰に言うでもなく言った。



「もんぶって頭と顔はいいのに、こういうとこが残念だなあ」



おしまい

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通じるとは言っていない 逢坂ソフナ @sophnuts

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