10.いつか、わたしも好きになれたら

「……何よ、それ」

「俺の率直な感想。宝石みたいで綺麗な目だなって」

「……馬鹿みたい」


 馬鹿とはなんだ失礼なやつだな。


「タカマル、手」


 俺は犬じゃねーんだぞ、と思いつつ言われた通りに手を差し出す。

 フィオーラが俺の手を握る。小さくて、少し冷たい手のひらだった。


「目を閉じて意識を集中して。わたしの視界をから、タカマルはそれで目標を捕捉して」

「お、おうよ!」


 フィオーラの言葉に従って目を閉じる。うわっ、視界がふさがってるはずなのに、なんか普通(?)に見えてるぞ! 何これ、コワッ!?


「落ち着いて。わたしがている世界を渡してるだけよ。目を開けると視界がダブって大変なことになるから気を付けて」

「な、なるほど……。凄いスキルだな」

「……お世辞はいいわよ」


 別にお世辞じゃないんだけど、今はそんなことを言ってる場合じゃないか。


 俺は複合怨念体カースドレギオンを召喚……するつもりだったけど、フィオーラに抱き付いたまま、こっちを不安そうな顔で見ているジニーが怖がるかもしれない。あいつはちょっと映像的なインパクトが強過ぎる。


 ザックの魔力を武装化したときみたいに、限定的に――召喚門ジェネレーター機能だけを俺の体を介して発現させることはできないだろうか。なにしろ、俺は入り口にして出口らしいし、それくらいの芸当は可能なはずだ。可能であると、俺は自分に言い聞かせる。異界、あるいは冥府から、不死者アンデッドぶための門として、自分を再定義する。


 よし、! 俺はそう確信する。


呪怨複合体カースドレギオン、限定召喚! 召喚門ジェネレーター、開放!」


 手の甲に魔方陣が浮かび上がる。そこに魔力が走るのを感じる。機能限定召喚は成功だ。

 呪怨複合体カースドレギオンの力を借りてび出すのは、首なし騎士デュラハン彷徨える鎧リビングメイルだ。不死者アンデッドの中でも、比較的見た目がマイルドなPG12相当のやつらだ。まぁ、首なし騎士デュラハンは頭を脇に抱えてるけど、屍人ゾンビよりはショックが少ないはずだ。


 まずは彷徨える鎧リビングメイルを俺達の周囲に配置して、壁になってもらう。こいつらが頑丈なことは。今の俺は呪怨複合体カースドレギオン情報層データベースにアクセスして、必要な情報を引き出すことができるからだ。


「タカマル、正面からくるわよ」

「大丈夫。!」


 こちらの動きに気付いたゴーレムが包囲網の一部を崩して急接近。俺達を取り押さえるつもりなんだろうけど、そんなことさせるかっつーの!


首なし騎士デュラハン、頼む!」


 こちらに向かってくるゴーレムに空いた手を突き出して叫ぶ。

 俺の声に応えて赤黒い瞳をした馬がいななく。それに跨った首なし騎士が霧の中を疾く駆ける。

 脇に抱えた頭が光を放つと、瞬時に大剣へと変わり、すれ違い様にゴーレムを一閃した。


「タカマル、後ろ!」


 フィオーラの声。考えるよりも先に体が反応した。

 死角のはずの後方。そこから襲ってくる敵の姿が、何故か俺——正しくはフィオーラだけど——にはえていた。ゴーレムは彷徨える鎧リビングメイルの槍に貫かれ、そのまま動きを止める。


『空間に漂う魔力や空気の流れを読み取り、死角にいるゴーレムの位置を割り出しているのか……』


 ザックが丁寧に解説してくれた。


 俺は追加の首なし騎士デュラハン彷徨える鎧リビングメールを召喚。フィオーラが送ってくる位置情報を頼りに、不死者アンデッドの群をゴーレム達に向かわせる。


 ゴーレムも反撃してくるが、魔力で強化された鎧の体と槍を持つ彷徨える鎧リビングメールに、上位不死者アンデッド首なし騎士デュラハンが相手だ。旗色は悪く、徐々にその数を減らしていく。


 ゴーレムの数が減るたびに、結界に満ちていた霧が薄くなっていく。


『結界術式を分散処理しているようだな。そろそろ、霧の結界ここを維持できなくなるぞ』


 敵の動きが、敵の位置が、あいつらが何をしようとしているのか。それが、手に取るように

 ゴーレムが遠距離から魔力弾を撃ち込んでくる。フィオーラの右目が魔力の流れからそれを読み取る。フィオーラからの情報を受け取った俺は着弾予測地点に彷徨える鎧リビングメールを移動させる。そこに予測通り魔力弾が命中する。鎧はブスブスと煙をあげているけど、俺達はノーダメージだ。

 凄いな。フィオーラの単眼鬼キクロプスはこんなことまでできるのか。

 俺の頭にジョンの言葉が蘇る。単眼鬼キクロプスはあらゆる「事象」の本質を見透かし、やがて世界の秘密すら詳らかにする恐るべき能力スキルだと。


 けれど、その力を持って生まれたせいで、フィオーラは本当の家族から……。


「ジニー、もう少しの辛抱よ。タカマルも頑張ってるから」

「う、うん。わたし、平気……へっちゃらっ!」


 ジニーが俺の方を見る。強がってはいるけど、不安と恐怖で今にも泣きだしそうな表情に見えた。フィオーラを心配させないように必死に堪えているんだ。待ってろよ、今、こいつらをぶっ飛ばしてやっから!


「オラッ! 呪怨複合体カースドレギオン! もっとだ! もっと寄越せっ!!」


 俺は自分の全魔力を消費するつもりで、更なる召喚を行う。

 び出された不死者アンデッドの群れ——いや、首なし騎士デュラハン彷徨える鎧リビングメイル一個小隊が、フィオーラとリンクした俺の視覚に導かれ、残りのゴーレムを掃討していく。戦いの幕引きは間近だった。


「マジで凄いんだな、お前の右目」

「……こんなモノはただの呪いカースドでしかないわ。あなたの死霊術ネクロマンシーと同じ忌みスキルと呼ばれるモノよ」

「でも、その忌みスキルがあったおかげで、俺達二人でジニーを守ることができたんだぞ?」

「……」

「ねぇ、フィオーラ。どうしたの?」


 キョトンとした表情でジニーがフィオーラを見上げる。

 フィオーラはその頭を空いている方の手で優しく撫でた。


「大丈夫よ。どうもしないわ……」

「わたしもフィオーラの目の色が好きだよ。夕焼けの色みたいで、とても綺麗」

「……そう。ありがとう」


 俺はジニーの疑問に答えるフィオーラの声を聞きながら、首なし騎士デュラハンが最後のゴーレムを撃破するのをた。


「……タカマル、もう、目を開けても大丈夫よ」

「おう」


 固く瞑っていた目を開く。そこに広がっているのは本来の俺の視界だった。

 繋がれていた手はどちらからともなく離された。


「ねぇ、タカマル……」

「なんだよ」

「この目。いつか、わたしも好きになれるかしら?」

「そんなこと俺が知るわけねーだろ。でも、まぁ、いつかは好きになれたらいいな!」


 フィオーラは「そうね」と呟くと、小さく微笑んだ。

 

 霧の消えた結界に光が満ち溢れていく——。

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