9.ザック・ナイトシュレイダー

「うおおおおっ! 腐れオカルト野郎ども、こっちを見ろっ!!」


 俺は喉が張り裂けそうな大声を出しながら、大広間の床で地団駄を踏む。


 虚空から現れたゾンビの群が、大声と足音に反応して、俺の方に寄ってくる。

 科学者に飼い慣らされているなどの例外を除いて、コイツらに知性はない。基本的には生前のおぼろげな記憶に則って行動するだけだ。とりあえず、デカい音をたてれば簡単に誘導できる。


「アーシアさん、ゾンビは俺が引き付けます。その隙に、ターンアンデッドを! 絶対にヤツらの目だけは見ないでください! 呪い殺されます!」

「は、はい!」


 アーシアさんは俺の警告に従い、ゾンビの群れから目を逸らしている。

 ひとまず、これで呪殺される心配はない。はずだ。


洗礼術式・浄化ターンアンデッド!!』


 アーシアさん声がダンジョンの最深部に響く。

 オレンジ色の暖かな光が彷徨える屍体どもを優しく包み込むが、効果はイマイチだ。

 さっきまでの古典的なゾンビと違い、浄化されるのは数体だけだった。


『こやつら、アドラ・ギストラの加護で強化されているな』


 リッちゃんの声が頭に響く。


 まぁ、ハッキリとした証拠がないだけで、邪教徒が関わっている気配は濃厚だったし、それくらいは想定の範囲内か。


「タ、タカマル様っ!」


 アーシアさんの叫び声。


 群がってきたゾンビの一体が、俺の腕に噛み付いた。

 さらに、もう一体が太腿のあたりに噛み付く。

 続けて、三体目が肩、四体目が首筋に齧り付き、旺盛な食欲を示す。


 生きる屍の大群が俺を床に押し倒し、全身を噛み千切ろうとするが、噛まれた部分が黒い靄になり、傷を負うことはなかった。


 痛みはない。死ぬわけでも、屍者の仲間になるわけでもない。とはいえ、全身を貪られる感触は死ぬほど気持ち悪い。あの映画のショッピングモールを襲撃した暴走族の末路を思い出す。


 ゾンビの増殖は止まる所を知らない。

 大広間の入り口付近にもわんさかと居る。逃げ道は完全に塞がれていた。


「おらっ! 早く俺を食い散らかしにこいよ!! お残しは許しまへんでー!!!」


 俺は精一杯の啖呵を切る。


 でも、ちょっと泣きそうだった。

 腐った死体なだけに、匂いが死ぬほどキツい。顔にうじ虫やミミズが落ちてくる。黒光りする甲虫が顔の上を走り抜けた時は、マジで心臓が止まるかと思った。


 キモい! キモい!! キモい!! 

 やっぱ無理!! マジで泣きそう!!!


「ぢぎしょおおおっっっ!!!」


 俺はなんとか護身用のナイフを抜き、床に尻をつけ目を瞑ったまま適当にぶん回した。

 肉を裂く嫌な感触が伝わってくる。ゾンビの呻き声が聞こえる。魔術で強化——多分、洗礼術式だろう——されているだけあってダメージは通るようだ。しかし、相手の数が多過ぎる。焼石に水でしかない。


 ターンアンデッドで多少数は減っているけど、このままじゃ、さっきの百鬼夜行と同じで最後はジリ貧だ。


 何よりヤバイのは、俺を食えないと本能的に察したゾンビどもが、ターゲットをアーシアさんに変えたことだ。


「リッちゃん、戦闘になったらまた力を振るうって言ったよな!? 今がその時だぞ!」

『ホラーとやらの知識で、この窮地を切り抜けるのだろ?』

「サーセン、やっぱり無理でした!!」

『まったく情けない主だ。だが、私にも無理だ』

「なんでさ!?」

『魔力はある程度回復した。こいつらを片付けるくらいなら、どうにかなるだろう。だが、力を解放するために必要な最後の一押しが足りない』

『緊急事態なんだ要点をまとめてくれ!』

『契約相手の力を引き出すには、本来の名前による呼び掛けが必要なのだ。私をおかしな名前で呼ぶのを止めろ』


 本来の名前……? あの、長たらしくて仰々しい、ザクのバリエーションみたいな名前か!


『主よ、今こそ我が真名を呼べ。さすれば、この窮地を乗り越える力を示そう』


 呼ぶ呼ぶ! この事態を切り抜けられるならどんな名前でも呼ぶ!!


「ザクフリッパー……じゃなかった、ザック・ナイトシュレイダー! 契約の主、雷鳴門かみなりもん鷹丸たかまるが汝に命じる! その力を我が前に示せ!!」

『少々癇に触る呼び掛けだが、まぁ、良かろう!』


 リッちゃん改めザックの声が、俺の頭に響き渡ると同時。

 心臓のあたりに燃えるような熱さが生まれた。

 その熱は俺の全身を——頭を脚を内臓を、隅から隅まで駆け抜け、巡る。


 そして。

 駆け抜け巡る力の奔流が、俺の中で爆発を起こした。


 激しい光の嵐が吹き荒れ、俺の体の上で積み重なったゾンビどもを散り散りに吹き飛ばす。


 舞い上がる砂埃の中、俺は立ち上がる。


『今の回復具合では、完全な姿で現世うつしよに顕現する事はできない。よって、主の肉体を依代に部分的な力の解放を行った。分かりやすく言うなら、魔力の武装化だ』


 魔力の武装化……?


 俺の右手に大鎌が握られていた。

 三日月のように湾曲した刃が紅黒い光を放つ大鎌だ。

 図書館で遭遇した巨大な骸骨——ザックが手にしていたものと同じに見えた。


 そして、俺の全身を黒い炎がマントのように覆い、ゆらゆらと揺らめいている。

 頭上には金色に輝く小さな王冠。そこから力が流れてくる。


 俺の姿にゾンビどもが慄く。低い呻き声が地底の迷宮を揺らす。


 その中で。

 俺はアーシアさんの表情が驚きの色に染まるのを見た。

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