7.昇天する魂達

「タカマル様!」


 アーシアさんが俺の方に向かって手を伸ばす。

 俺はすんでのところでそれを掴むことができた。


「タカマルくん! シスター・アーシアを頼む!!」

「わー!! なんだこれ!? 変なのー!!」

「イーサン、面白がってる場合じゃないよ!?」


 黒い靄の流出は終わらない。

 靄に飲まれて、みんなの姿が闇の奥に消えていく。


 俺達は分断されてしまった。



 ☆ ☆ ☆ ☆



 黒い靄から吐き出された。

 俺とアーシアさんは、ダンジョンの天井から地面に向かって急降下。その後ろを、一緒に靄に飲まれた灯りライティングの光球が追ってくる。


光輝の盾よブライトシールド!」


 アーシアさんが魔術を発動させる。

 目の前に光の盾が生まれ、俺達の体を減速させる。


 アーシアさんは、そのまま空中で華麗に身を翻しキレイな着地をキメるが、俺は無様に尻餅をついた。


「グェ……」

「だ、大丈夫ですか?」

「ウス。大丈夫っス」


 そこで、俺はあることに気付いた。

 俺とアーシアさんは手を繋ぎっぱなしだったのだ。


「あ、サーセン……!」

「いえ。こちらこそ……!」


 互いに慌てて手を離す。

 な、なんだろう。若干、気まずいんだけど?


『主よ。甘酸っぱいぞ』

「う、うるせぇ!!」

「え、どうしたんですかいきなり……?」


 アーシアさんが驚いた顔になる。


「いや、居候のヤドカリくんが余計なことを言いやがるもんで、つい……」

「居候……。リッチキングのことですか?」

「あんなヤツはリッちゃんで充分ですよ。リッチキングのリッちゃん!」


 俺の言葉にアーシアさんが吹き出した。


「リッちゃんて、そんな……。さすがに気の毒ですよ。図書館に封印されたリッチキングは最高位のアンデッドとして有名なんですから」

『どこかの誰かと違って、その娘は礼節をわきまえているようだな』

「へぇ、リッちゃんてそんなに有名なヤツなんですか?」


 俺はリッちゃんの言葉を無視してアーシアさんに質問する。


「そもそも、リッチ自体が高位のアンデッドですからね。その王ともなれば、恐ろしさは推して知るべしですよ」

「てか、そんなヤバイやつを、どうして図書館なんかに封じていたんですか?」

「図書館というか神殿ですね。あそこが、街で最も魔術的な力の集中するスポットなんですよ。神殿もその魔力を利用するためにあの土地に建てられました。強い魔力スポットに、叡智の象徴たる書物をある特定のパターンに則り配置することで魔力の流れを加速させ、図書館を魔法陣に見立てた儀式魔術で、エリシオン様の封印をより強固にしたのです」

「へぇ、あの図書館にそんな仕掛けがあったのか……」

『まったく、小賢しい連中だ。お陰で脱出にだいぶ手間取ったわ』

「……死を超越したリッチキングには瞬きほどの時間なんだろ?」

『そうだとしても、腹立たしいことに変わりないわ』


 脳内でリッちゃんとやり合う俺を見て、アーシアさんがクスクスと笑っている。

 ヤベェ、これじゃただの不審者だ。


「サ、サーセン。なんかキモいですよね、俺……」

「そんなことありませんよ。ただ、楽しそうだなって」

「そうかなぁ」


 頭をポリポリとかく俺に向かって、アーシアさんが笑顔で「そうですよ」と言ってくれた。


 まぁ、それならいいんだけど……。


「そういえば、ここはどこなんだ?」

「ダンジョンの最深部近くです。過去に潜った時の記憶があります。あのおかしな靄に転送されたのでしょう……」

「俺もそうだと思います。封印の扉に発生した異界の門によく似てました」


 俺は自分自身の言葉で大事な事を思い出した。


 今の俺は生と死の中間地帯をふわふわと漂う確率的なゾンビ状態だ。そして、俺の体は、何故か異界あちら地上こちらを繋ぐ門のようになっている。


 入り口だか出口だかは知らんけど、あの黒い靄が門として機能しているなら、図書館の時と同じで、最悪俺自身が消滅する可能性もあった。


 背中に冷たい汗が流れていく。


『主は運がいいのだな』

「おい、人の頭を勝手に覗くなって言っただろ!?」

『覗いとらんわ。主の思考がダダ漏れなだけだ』


 そうっスか……。だったらしゃーなしか。


 しかし、気を付けないとな。いつまでもこんなラッキーが続くとは思えない。あの黒い靄には要注意だ。


「タカマル様、後ろへ!」


 アーシアさんの鋭い声が響く。


 俺とアーシアさんの会話を聞き付けたのか、屍人ゾンビどもが寄ってきた。

 動きは緩慢だが数が多い。


 しかし、コイツら、じっくり観察するとかなりグロいな。ゾンビだから当然なんだけど……。映画で慣れているとはいえ、あまりマジマジと見つめると気分が悪くなりそうだ。ホンモノの実存性はやっぱり凄い。


洗礼術式・浄化ターンアンデッド!」


 アーシアさんがターンアンデッドを放ち、屍人の群にさっさとお帰り願っている。

 ……アレの直撃を受けたら、俺も異界に強制送還なんだろうか。おっかないので試す気はないけど。


「先を急ぎましょう。ランディさん達がどこに転移されたかは分かりませんが、無事なら最深部で落ち合えるはずです!」

「はい!」


 俺達は目的地に急ぐ。


 途中でエンカウントした屍人を始めとするアンデッドを、アーシアさんが片っ端から強制異界送還ターンアンデッドする。


 さっきの百鬼夜行ほど大量に押し寄せてくるわけではないので、アーシアさん一人でも問題なく対処できるようだった。……たまに、魔力回復用のドリンク剤をキメてるけど。


 ターンアンデッドの連続使用でダンジョンが暖かなオレンジ色の光に満たされる。

 もう、灯りライティングいらないんじゃね?


『……主よ。見えているか?』

「何がだよ?」

『集中せよ。意識を研ぎ澄ますのだ。姿なきもの、声なきもの、魂なきものの存在を心に想え』


 よく分からんけど、とりあえず目を瞑って集中してみる。

 集中! 集中!! 集中!!!


「なっ……!」


 目を開くとあたりに幽霊の姿見えた。

 魔物としての亡霊ゴーストではない。宿舎で目撃した、通りすがりの男性や黒服の女性と同じタイプの幽霊だ。何をするわけでもなく、あたりをウロウロと徘徊している。冒険者風の格好したヤツが多い。これは、ひょっとして、ダンジョンの高位アンデッドにやられた冒険者達も含まれているのか……?


 彼らは、アーシアさんがターンアンデッドを撃つたびに、オレンジ色の光に包まれ異界へと旅立つ。穏やかな、満たされたような表情を浮かべながら。


 俺はしばらく昇天する魂達の姿を黙って見つめていた。

 もしかして、リッちゃんは俺にこの光景見せたかったのだろうか?


「タカマル様、どうしたのですか?」


 アーシアさんが俺の方に振り向きながら言った。

 その動きに合わせて、紫色の髪がふわりと揺れる。


「え……? ああ、その、霊視の! 霊視の常時発動が終わりました!」

「まぁ……! 死霊術ネクロマンシーがタカマル様の体に馴染んだのですね。これは、良い兆候です」


 アーシアさんが笑顔でそう言った。自分の身に、何かいいことが起きた時のような笑顔だった。


 そういえば、ガリオンさんも言ってたな。数日の間に、霊視と霊聴の常時発動はおさまるだろうって。

 これからは任意のタイミングでこの二つを使えるようになるのか。

 これは、使い方次第では便利なスキルになりそうだぞ。

 死霊術、創意工夫で無双スキルになるか!?

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