第二章 コープスギャザリング

1.リッチキング

「はい、改めましてお疲れ様」

「うひよ、冷てぇ!」


 俺は頬に押し付けられた果実水の瓶の冷たさに思わず声を上げた。


「オーバーね」


 フィオーラはそう言うと、瓶入りの果実水をラッパ飲みした。


「ふぅ、生きてるって感じ……」

「いや、オーバーなのはお互い様だろ」


 俺は半眼でツッコミを入れる。

 

 図書館の黒い靄——厳密には異界のゲートを消滅させ、触手型魔物モンスターを退けた俺とフィオーラは、宿舎に戻り、食堂で一息ついたところだ。ガリオンさんとアーシアさんも一緒だった。


 神殿には防犯魔術がかけてあり、非常時は星騎士修道会の詰所——星騎士修道院に通報されるそうだ。


 防犯魔術の報を受けた星騎士達が駆け付けて、神殿の図書館は一時騒然としていたが、俺とフィオーラで魔物を倒したことを伝えると、星騎士達は、外に集まってきた野次馬の整理と図書館の片付けに必要な人数を残して詰所に戻った。

 

 封印の扉があったエリアは実質物置で、戦闘の被害に遭った本は除籍予定のものだったらしい。


 片付けを担当した星騎士は、「裁断する手間が省けて良かったよ」と笑っていたけど、俺が負い目を感じないように気を使ってくれたのかもしれない。


 図書館の片付けを手伝ってから宿舎に戻ると、俺のことを心配していたアーシアさんとガリオンさんに事情の説明を求められた。何も言わず宿舎から飛び出したのだから、心配されるのは当然だった。


 ガリオンさんにも通報が届いたそうだが、俺のことがあったので待機していたそうだ。いや、本当にスミマセンでした……。


「タカマル、覚悟なさい。姉さんのスーパーお説教タイムが始まるわ……」

「フィオーラ、何か言った?」

「いえ、何も……」


 ここで、驚くべき事実が発覚した。

 なんと、アーシアさんとフィオーラは姉妹だったのだ。

 それにしてはあまり似てない気がしたけど、さすがに口に出すのは憚られた。

 俺は自分の中に浮かび上がった疑問をそのまま飲み込むことにした。


「タカマル様、フィオーラのことを心配して下さって、本当にありがとうございます。この子には昔から一人で無茶をする悪い癖があって……。ですが、宿舎を出るまにお父様か私に一言くださっても良かったのでは? 一歩間違えたら、取り返しの付かないことになっていたかもしれないんですよ」

「す、すみません……。マジで反省してます! もう勝手に飛び出したりしません!」

「フィオーラ、何度も言っているけど、お父様と修道院に連絡もせず、一人で危ないことをするのはもう止めて。また傷が増えているじゃない……。貴女に何かあったら、修道会の皆も私達家族も悲しむのよ?」

「姉さんは心配性ね。わたしは大丈夫っていつも言ってるでしょ? 今回は少し予想外の出来事が重なって大変だったけど……」

「……フィオーラ?」

「は、はい! ごめんなさい! 今後は気を付けます!」


 アーシアさん、メッチャ怒ってるな……。

 口は笑っているけど、目は笑ってないヤツだ。


 ガリオンさんが何も言わないのは、自分の分までアーシアさんが怒ってくれているからなんだろうな……。


「まったく、任務から帰ってきたと思ったらすぐに問題を起こして……。お母様にも何か言ってもらわないといけないみたいね?」

「もう、ちゃんと謝ったんだから許してよ。あと、お母様に報告するのは本気でシャレにならないからやめて!」


 フィオーラが心底怯えた表情を見せる。

 二人の母親って一体何者なんだ? ウチのかーちゃんみたいなタイプだったらどうしよう……。


「もう、そんなこと言ったらお母様が気を悪くするでしょ……。そういえば、任務の報告は終わってるの?」

「それは大丈夫。出かける前に報告書を出しておいたから」


 任務? なんの話だろう?

 

「ここからちょっと離れた場所にある古代遺跡で魔物が大量発生したの。信徒の巡礼ルートに近くて危険だから、仲間の星騎士と一緒に討伐してきたのよ」


 俺の表情から疑問を察したのかフィオーラが説明してくれた。


「へぇ……。魔物の討伐とか凄いな」

「それほどでもないわよ。数が多いだけの雑魚だったし。あとは、時間が余ったから姉さんのお使いもしてきたわ」


 そういえば、最初に図書館で会ったときに、「姉さんのお使いがある」とかなんとか言ってたな。すっかり忘れていたわ。


「そんなことよりも、びっくりね。タカマルが異世界から召喚された英雄だなんて」


 俺が何者なのかは、さっきからこちらのやり取りを苦笑いで見守っているガリオンさんが、娘のお説教タイムの前に伝えてあった。もちろん、神星教的には忌みスキルにあたる死霊術ネクロマンシー持ちであることも含めて。


 フィオーラは俺の職種クラス死霊術師ネクロマンサーだと分かっても、特に気にする様子を見せなかった。


 ついでに、俺の体の状態――異界のゲート化で生きても死んでもないで確率的なゾンビ状態一種の無敵モードであることも、ガリオンさんとアーシアさんに説明した。


 アーシアさんは驚いていたが、ガリオンさんは何か心当たりがあるようだ。

 ガリオンさんの説明によると、一部の希少なレアスキルを習得すると、俺のような特殊な状態にコンディションになることが、極々稀にあるらしい。


 この件に関しては後で専門の研究者に診てもらうことになった。

 人体実験とかされなければいいんだけど……。ちょっと、いや、だいぶ不安だな……。


「フィオーラは、俺みたいなヘタレのモヤシっ子が英雄なことに不満があるのか?」


 俺は不安を紛らわせようと、フィオーラ相手に憎まれ口を叩いた。


「卑屈にならないでよ。誰も、そこまで言ってないでしょ。タカマルって、英雄とか冒険者よりも、街で遊んでる普通の男の子っぽく見えるから、少し意外に思ったの」

「タカマル殿、フィオーラ。少し確認してもいいかな?」


 ここまで聞き役に徹していたガリオンさんが口を開いた。


「現場にやってきた星騎士の話では、封印の扉の向こうから魔力反応が消失していたそうだが、間違いないのだね?」

「はい。確かにそう言ってるのを聞きました」

「ええ。わたしの方でも確認済みよ」


 俺とフィオーラの言葉に、ガリオンさんが顎を撫でながら、考え込むような表情になる。


「封印されていた魔物は何処に消えたのでしょ?」


 ガリオンさんに尋ねるアーシアさんの表情は不安げだった。


 俺はそこであることを思い出した。


「図書館で気を失っている間に夢を見ました。なんか、黒いボロ布をまとったクソデカなガイコツが出てくる夢です。これって、封印の魔物が消えた件と何か関係あったりしますか?」


 俺の言葉に三人が顔を見合わせる。


「なんかヤバそうなオーラ全開だったから、俺、そいつにどっか行くように言ったんですよ。そしたら、ガイコツが、自分に命令するなら契約しろとか言ってきたんですよ。だから、しちゃったんですよね、契約。夢の中だし、まぁいいかなと思って……」


 三人の表情がみるみる難しいものになっていく。


「タカマル、ちょっと目を瞑って」

「え、またかよ」

「いいから!」


 フィオーラは有無も言わせぬ勢いだった。

 事情はよく分からないけど、他に選択肢はないようだ。俺は黙って目を瞑ることにした。


「フィオーラ、どうだ?」

「迂闊だったわ……。この魔力の流れ、確かにわね」

「なんの話だよ?」

「タカマル殿、それは夢ではない。扉の向こうに封印されていた魔物――リッチキングとタカマル殿は現実で本物の契約を結んでいる」

「……マジっスか?」

「ああ。リッチキングはタカマル殿との契約で生まれた縁をバイパスにして、扉の向こうから抜け出したのだ。そのうえで、ヤツは自分の棲み処にタカマル殿を選んだ。リッチキングは、今、あなたの体の中に潜んでいる」

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