2.邂逅

 というわけで、アーシアさんのおすすめに従って、神殿併設図書館にやってきたぞ。

 今日の午前中は図書館で本を読んだり調べ物をして過ごすつもりだ。


 シスターから連絡を受けたという司書(でいいのか?)のおねーさんが、良さげな本を何冊かピックアップしてくれたので、ひとまずこれから読んでいくか。これとは別に後で死霊術ネクロマンシーに関する本も探さないとな……。


 俺が閲覧席につくのを見届けてから、司書さんはカウンターの方に戻った。何か用事があったら声をかけてください、と言われた。後で、本の借り方でも聞いてみようかな。異世界の図書館でも貸出しカードは必要なんだろうか。財布の中に学生証が入っているけど、これで作ってもらえるのかね。多分、無理だろうな。でも、他に本人確認書類は持ってないぞ。


 図書館は神星教の信徒以外にも解放されているだけあって、いろいろな人が利用しているようだ。アーシアさんのものと同じようなデザインのローブを着た神星教徒の人もいれば、普通のシャツにズボンといった格好の人も居るし、家族連れと思しき人達も居る。


 近くの席で読者をしている若い男性は俺と同年代ぐらいに見えた。本を読まずにうたた寝をしているおばーさんが居る。大きな声ではしゃぐ子供をしかる母親も居る。


 立派な本棚と本棚の間をすり抜け、目的の本に向かって進む人達が居る。図書館で繰り広げられる光景は、元の世界とそれほど変わらなくて、なんとなく安心した。


 俺は司書さんが選んでくれた本に視線を戻して読書を再開する。

 そういえば、自室としてあてがわれた部屋の本棚にも、神星教とエリシオンについて書かれた本があった。司書さんによるとアレは簡単なガイドブック的なモノで、内容は薄いらしい。


 言語の壁はセイドルファーさんの【加護】でどうにかなっているようだし、ちょっとぐらい噛み応えのある本でも問題ないだろう。分からないところがあったら、後で司書さんかアーシアさんに質問すればいい。


 テラリエルに付箋はないよな……。さすがに図書館の本の端を折って目印にするわけにもいかない。うし、メモを取りながら読むか。カウンターで紙とペンを貸してもらえるかな?


 実は出かける前に活動資金という名のお小遣いをもらったんだけど、本屋じゃあるまいしここに文房具売り場があるとは思えない。つーか、あったら普通に驚くぞ。

 外に出て雑貨屋を探すという手もあるけど、土地勘のない場所を無駄に歩き回るのはあまり賢い行動じゃないよな。


 とりあえずカウンターで司書さんに相談してみよう。そう思って椅子から腰を浮かした時だ。


 俺の目の端を何かが横切った。それは、多分、人影だった。

 影の通り過ぎた空間から、ほんのりと甘い匂いが漂ってくる。

 アーシアさんがいれてくれるお茶の香りとよく似ていた。不思議と心の落ち着く、あの花のような匂い。


 そこで、俺はあることをはたと思い出す。

 それは、昨日の幽霊達のことだ。

 俺は、また、死霊術でこの世ならざるモノを見たのではないだろうか。あの甘い香りは、生者を死者の国に誘い込む罠ではないのか。そんな考えが脳裏をかすめていった。


 通り過ぎていったはずの影が不意に立ち止まり、振り返る。幻影だと思った何かが、実像に変わる。


 花の香りを運んできた影の正体は一人の女の子だった。


 小柄な、十代前半ぐらいの女の子。中学生ぐらいに見える。間違いなく、俺やアーシアさんよりも年下だ。


 女の子は濃紺のワンピースを着ていた。丸みを帯びた襟と袖口だけが白いデザインだ。

 腰まで伸びた白銀の髪プラチナブロンドと星を三つ並べたような意匠のヘアピンが目を惹く。


 けれど。


 彼女を構成する要素で何よりも印象に残るのは。

 彼女を構成する要素で何よりも異質なのは。

 その左目に着けられた黒い眼帯だった。

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