5.ホラー野郎、異世界に立つ

 俺はベッドの上で大の字になってボンヤリと天井を眺めている。

 とりあえず、宿舎の部屋に戻って待機しているように言われた。スマホは使えないし、昼寝しかできることがない。

 倒れたアーシアさんのことが少し心配だった。頭とか打ってないよな……。


 俺は笑い顔のような染みの浮かんだ天井を見つめながら、スキル鑑定の結果について考える。


 セイドルファーさんが俺に授けた【加護】の正体。それは、死霊術ネクロマンシーと呼ばれるスキルだった。それも最高ランクの。職種クラス死霊術士ネクロマンサーになるようだ。


 セイドルファーさんは言っていた。俺の魂の形は自分の権能と相性がいいと。

 確かに、ホラー好きの俺にピッタリの能力スキルを授けてくれたのかもしれない。実際のところは知らんけど。


 また、窓の方から物音が鳴った。

 外を見ると人影が通り過ぎていった。いや、ここ二階なんだけど。また鳥と見間違えたのか? と訝しんだところで俺はあることに思い当たった。


 流石に人間と鳥を二度も見間違えるのおかしくね?

 ひょっとして、ネクロマンサーのスキルでマジもんの幽霊を見たんじゃね?


 そこで、俺は思い出す。

 食堂に向かう途中、廊下ですれ違った男性のことを。

 男性は挨拶をするわけでもなく無言だった。そして、アーシアさんも彼と同じように無言だった。彼女の礼儀正しい性格なら通りすがりの人を無視するとは考え難い。


 だったら。


 アーシアさんにはあの男性は見えてなかった。

 そう考えるのが自然ではないだろうか。


 そしてもう一つ。


 それは、食堂のメイドさんについてだ。

 あのメイドさんは仕事もせずに、テーブルとテーブルの間をウロウロとさまようだけだった。


 ガリオンさんもアーシアさんも特に注意することなくスルーしていたけど、二人にはメイドさん(らしき何かが)見えてなかったのではないか。


 あの男性もメイドさん(仮)も幽霊で、ネクロマンシーを持つ俺にしにか認識できなかった。


 突拍子もない話だけど、俺のスキルを考えるとあり得ない話ではない。

 後で二人に確認しておくべきか。


 俺がそこまで考えをまとめると、また、ガタガタパンパンと物音がした。前回、前々回よりも大きな音だ。これは、ラップ音てヤツなのか? バンバンビシビシ。なかなか騒々しい。考え事の妨げになる程度には。


 もう、こうなったら俺も歌って対抗しちゃおっかな。友達と最後にカラオケ行ってから三ヶ月ぐらい経つし、二度と行くこともないだろうけど。カラオケもゲームも映画もすべて元の世界に置き去りだ。


 そう思うと急に寂しくなってきた。

 もう、大好きなホラー映画を観ることができないんだな。テイラーの新作、マジで楽しみにしてたのに。「ウィジャボード」が観れないこともショックだけど、テイラーがこれから撮るであろう作品へのアクセス経路を永遠に断たれたのが心の底から辛かった。未来を奪われた気分だった。


 俺が少し、いや、だいぶナーバスになりかけたその時。

 トントンと扉を叩く音が聞こえた。


「はーい」

「タカマル様、よろしいでしょうか?」


 アーシアさんの声だった。

 俺はベッドから飛び起きると扉を開いた。


「アーシアさん、もう具合は大丈夫なんですか?」

「ええ……」


 アーシアさんはそう言うと笑顔を作った。無理をしているのが伝わってくる、力のない笑い方だ。白かった肌がさらに白く見える。紫色の髪も心なしくすんでいるようだった。


「先ほどは恥ずかしいところをお見せして、すみませんでした」

「いや、俺の方こそショックを与えちゃったみたいで、本当にスミマセン……」


 三人の反応からすると、宿舎ここを追い出される可能性もあるよな。

 異世界サバイバル生活の始まりか? できればカンベンして欲しい。


「鑑定の結果はタカマル様の責任ではありません。どうかお気になさらずに。ところで、今、お時間はありますか? 司教様と父がこれからのことで話がしたいと……」


 今後の身の振り方を考えた方がいいかも。餞別に当座の生活費くらいポンと払ってくれないだろうか。宗教は儲かるみたいだしさ。



 ☆ ☆ ☆ ☆



 目的の場所に向かう道すがら、俺は気になっていたことをアーシアさんに質問した。


「さっき、食堂に向かう途中で男の人とすれ違いましたよね? 挨拶も何もなかったけど、知り合いとかじゃなかったんですか?」

「男性……? 教団の施設ですれ違った方にはできるだけ声をかけるようにしているのですが、どなたのことでしょう?」


 俺の言葉にアーシアさんはキョトンとした表情を浮かべる。


「えーと、食堂に居たメイドさんが何か探し物をしてたみたいですけど、みつかりましたか?」

「宿舎でメイドは雇っていませんよ? 食堂には私以外のシスターは居なかったはずですが……」


 アーシアさんの表情が怪訝なものに変わっていく。


「いや、何でもないです。多分、俺の勘違いだと思うんで」


 やっぱり「アレ」は俺にしか見えてなかったのだろうか……?

 このことをアーシアさんに説明するべきか。決めかねているうちに目的地に到着してしまった。

 神殿の、ロッシオさんの執務室だ。


「アーシアです。タカマル様もご一緒です」

「どうぞ」


 扉の向こうから老司教の声が聞こえてきた。

 失礼します、と一言断ってからアーシアさんと一緒に部屋に入る。

 正面の立派な机に部屋の主人が、その前のある応接用テーブルにガリオンさんがついていた。


「あのー、ひょっとして、俺はもうお役ごめんだったりします?」


 俺はソファに座るなり、一番の心配事を口に出した。

 変に勿体ぶられるくらいなら、さっさと死刑宣告をして欲しかった。いや、本当に死刑になりたいワケじゃないけどね!


 俺の言葉に三人が顔を見合わせる。


「あー、これは不安な思いをさせて本当に申し訳なかった」


 ガリオンさんが頭を下げながら言った。


「生命の女神であるエリシオン様を信奉する神星教団としては、死の概念を扱うネクロマンシーとその使い手であるネクロマンサーはどうしても相容れない部分があってね……。娘も少し取り乱してしまったようだ。改めて、私からも謝罪させて欲しい」


 言葉を紡ぐガリオンさんの表情は本当にすまなさそうだった。

 アーシアさんも恥ずかしそうにうつむいている。


「とはいえ、状況が状況だ。それに、時代も変われば教義にも変化が生まれる。我々はネクロマンサーである貴方を受け入れたい。司教様と私とアーシア、三人で話し合ってそう決めたんだ。タカマル殿、テラリエルとエリシオン様のためにその力を貸してもらえないだろうか? 勝手な言い分なのは重々承知している。だが、我々に残された切り札はもう貴方だけなんだ」


 三人は立ち上がると俺に向かって深々と頭を下げた。

 いや、そこまでかしこまられると、逆に恐縮しちゃうんだけど……。

 でも、異世界サバイバル生活をせずに済むのは助かる。追放イベントはなかったんや!


「あ、頭を上げてください。俺は気にしてないから大丈夫です。こちらこそ、よろしお願いします。ぶっちゃけ、自分に何ができるかまだよく分かってませんが、できる限りのことはやらせてもらいます」


 かくして、俺は異世界テラリエルと生命の女神エリシオンの危機を忌みスキル死霊術で救うことに相成ったのである。


 ホラー野郎、異世界に立つ! なんてな。


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