Ⅳ  狼の罰(1)

 その夜、リュカに下された〝狼刑〟は、そのまま村人を帰して集会所で行われることとなった。


 それでも、執行前にせめてもの慈悲として、彼は妹と最後にもう一度面会させてもらえることとなった。


「――お兄ちゃん、いったい何があったの?」


 異端裁判中、教会に預けられていたアンヌは集会所の一室に連れて来られると、そこにいたリュカを見るなり心配そうに尋ねる。


「なあに、大したことじゃねえ。ちょっと悪戯して教会の坊さん達に怒られちまっただけだ」


 膝を突き、そんなアンヌの頭を優しく撫でると、リュカは彼女にそう答える。


 これもお慈悲をかけてもらい、今は妹を不安にさせないよう、リュカを縛っていた縄は解かれている。ただし、アンヌにはしっかり衛兵が二人ついて来ているし、部屋の外でも見張っているので、逃げることはなかなか難しそうであるが……。


「そんでな、坊さん達のお仕置きで、兄ちゃんちょっと遠くへお遣いに行かされることになったんだ。すぐに帰ってくるから心配いらねえ」


 なおも不安そうな瞳でじっと見つめるアンヌに、リュカは嘘を吐いた。


 さすがに狼刑に処され、永久に村を追放されるなどと幼いアンヌに伝えるわけにはいかない。


 それに、その嘘はあながち嘘とも言えなかったりする……リュカとしては、このまま自分一人だけで村を追いやられるつもりはさらさらない。一旦、おとなしく追放された振りをした後、誰にも見つからないようこっそり帰って来て、アンヌを連れて改めて一緒に村を出て行く腹づもりなのだ。


 家も畑も失うのはさすがに痛いが、まあ、リュカの性格ならば山賊でもなんでもやってとりあえず生きてはいける。


 それよりも、彼が最も堪え難いことは病気のアンヌを一人ぼっちで村に残していくことだ。彼としては、アンヌさえ無事でいてくれて、どこだろうが一緒に暮らすことがそれで充分なのである。


「ほんとに? ほんとにすぐ帰ってくる?」


「ああ、ほんとだ。アンヌ、それまで一人でちゃんと留守番していられるな?」


 もう一度、念を押すようにして尋ねるアンヌに、リュカは彼の凶悪な人相には似合わない優しげな、だが、その内にどこか淋しさを含んだ笑みを浮かべて逆に訊き返す。


「うん! あたし、ちゃんとお留守番してる!」


 それでも何かを察しているのか? 幼いながらも兄に心配かけまいと、それに力強く頷く健気な妹を見て、リュカは思わず目頭が熱くなった。


「よし、いい子だ」


 こちらも泣き顔を見せて不安がらせないよう、リュカはぐっと堪えてアンヌを抱きしめる。


「アンヌのことは安心せい。とりあえずは教会で預かり、わしらで面倒をみよう」


 そんなリュカに、衛兵同様一緒について来たジャンポール神父が、いつもながらの厳しい顔でそう声をかけた。


 だが、その顔とは裏腹に、そこは神の慈愛を解くプロフェシア教の聖職者として、さすがのジャンポールもリュカを多少なりと不憫に思っている。


「…グスン……ああ、すまねえ。厄介をかけるな。てめーらの嫌いな魔女の薬で一命はとりとめたが、まだアンヌの肺病が治った訳じゃねえ。しっかりみてやってくれ」


 鼻をすすり、アンヌの小さな体を離したリュカは、そちらを振り返って改めて神父に頼み込む。


 すぐに連れに戻るつもりではあるが、この先、何があるかわからない。兄としては、少し離れるだけでも病弱な妹がやはり心配である。


「うむ。心得ておる」


「時間だ。罪人リュカよ、参れ!」


 それに神父が短く答えたその時、背後のドアが開き、顔を覗かせた異端審判士ピエーラが無慈悲な声色でそう告げた。


「ああ、わかった……んじゃな、アンヌ。ちょっくら行ってくらあ。ちゃんと神父のジジイの言うこと聞くんだぞ?」


「うん! 行ってらっしゃい! 早く帰ってきてね!」


 ピエーラの声に応え、リュカはもう一度、ほんとにどこか近所へ用達しにでも行くような感じでアンヌに別れを告げると、無邪気な妹の声に見送られ、衛兵とともにその部屋を後にした……。

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