Ⅲ 異端の罪(2)

「――サンマルジュ村農夫リュカ、畏れ多くも神の教えに背き、悪魔崇拝者たる魔女の薬を使用したことに相違はないか?」


 その日の夕刻、大勢の村人達が周囲を囲む中、縛り上げられ、部屋の中央に立たされたリュカを、異端審判士ピエーラ・ド・ビューヴァは厳しく問い質す。


 彼に対する異端裁判は、村の集会所を臨時の裁判所として開かれた。集落の中央、教会の隣に位置し、村人の同様質素ではあるが、白壁に木の梁や柱の露出した造りの、大勢が一堂に会せる広い建物である。


「ああ、確かに森の魔女んとこ行って、薬をもらったぜ。てめえら坊主が助けてくれねえんでな」


 さすがに観念したのか? 素直にリュカがそう答えると、周りで見守る聴衆からはざわざわとどよめきが沸き起こる。


「けど、あの魔女は悪魔崇拝者なんかじゃねえ! なんとかいう月の女神さまを拝んでるだけだ。俺もあの女も悪魔の力になんざ頼っちゃいねえよ。お月さま拝むくれえ別にいいだろう?」


 だが、続けざま、彼はかけられた罪の内容に対して真っ向から反論する。


「物知らずの愚か者め! それが悪魔崇拝だというのだ! 天にまします我らが神以外に神はあらず! 異教の神はすべからく悪魔である! したがって、月の女悪魔を頼る魔女は悪魔崇拝者に他ならん!」


 しかし、リュカの前方に長机を設え、左右にジャンポール司祭と村長のパルトルフェを従えた異端審判士ピエーラは、彼の言葉を逆手にとってこちらも声高に反論し返す。


「ケッ! それ言うなら、てめーらだって魔法修士とかいうやつが魔導書使って悪魔の力に頼ってるじゃねえか。どっちが悪魔崇拝者だか」


「フン。本当に物を知らぬ大馬鹿者だな。魔導書による召喚魔術は神の名によって悪魔を屈服させ使役するもの。異教や魔女の魔術とはわけが違う。敬虔な神のしもべたる者が用うる限り、それは神の御業なのだ」


 無論、リュカがそれで口をつぐむはずもなく、また言い返すとピエーラも反撃し、裁判とは思えないような激しい舌戦が始まってしまう。


「ああ、確かに俺は学はねえんでな。そのご大層なものの考え方は理解できねえぜ。なんだか言い訳にしか聞こえねえなあ」


「コラっ! リュカ! いい加減にせい! そんな口をきいていると本当に厳罰に処されることとなるぞ!」


 その罪人とは思えぬあまりに不遜な態度に、見かねたジャンポール神父が代わってリュカを叱責する。


「ヘン! 俺は真実を言ってるだけだ! こいつの言ってることはどう聞いたっておかしいだろうがよ?」


 当然、神父の言葉にも反発するリュカだったが。


「よろしい。この者が心底、異端的な考えを持っていることはよーくわかった。最早、慈悲をかける必要はなし。判決! この者を異端の罪にて〝狼刑〟に処す!」


 いい加減、その背信的な言動から彼が悔い改めることは不可能と判断し、ピエーラは躊躇いもなく厳罰を与える処分を下す。


「お、狼刑だと!? お、おい! 魔女の薬使っただけで狼刑ってのは重過ぎだろ! 俺がどれほどの罪犯したっていうんだよ!?」


 すると、それまでは泣く子も黙る異端審判士相手でも堂々と渡りあっていたリュカであるが、その判決を聞くや否や一転して俄かに慌てだす。


 まさか、たとえ有罪にされたとしても、そこまで重い刑罰を食らうとは思っていなかったのだ。


 狼刑――それは、罪人に狼の毛皮を被せ、人間ではなく〝狼〟として村を追い出すという、一種の追放刑である。


 中世から行われているわりとポピュラーな刑罰であるが、この刑に処された者は、以降、あくまで〝狼〟であるために人間として扱われることはなく、二度とその人間社会コミュニティに戻ることはできないという、一見、おふざけのように思えてもじつは恐ろしい厳罰なのである。


「確かに狼刑は厳しすぎます。魔女の薬を使ったのは病気の妹を救わんがためのもの。私が悔い改めさせますのでここはどうか穏便に……」


 その予想以上に厳しい判決に、ジャンポール神父も驚いた様子で横からピエーラにおそるおそる意見を述べる。


「いいや! そのような甘かしがかような異端者を育てるのだ! 先程よりの神と教会に対する畏れを知らぬ暴言の数々……訴えによれば、常日頃からそのような背信行為を行なっていると聞く。それを踏まえれば、狼刑は充分に妥当な処分といえよう」


「その通りです! 神を信じぬ者には厳しきお裁きを!」


 だが、異端審判士はまるで聞く耳を持たず、その告発をしたジャッコフも興奮気味に狂気じみた大声をあげる。


「ジャッコフ、てめえ……」


 その声にそちらをリュカが睨みつけると、その信仰心篤き男は満足げに、血走った眼で歓喜の笑みを浮かべていた。


「おい! 魔女んとこへ薬もらい行ってるのは俺だけじゃねえ! 村ん中にも隠れて通ってるやつはいるはずだ! なんで俺だけ狼刑食らわなきゃなんねえんだよ!」


 さすがにそのまま狼刑を受けるのは御免こうむりたいので、自分を囲む村人達を見回しながら、その事実を根拠に再度、反論を試みようとする。


「ほう……ならば、問う! この中に他にも魔女の薬を使った者はおるか!?」


 リュカの発言に、ピエーラは凍てつくような冷たい目を細めると、村人達の方を向いて大声で尋ねる。


「……………………」


 だが、村人達は誰しもが視線を逸らすと貝のように口を閉ざし、広い集会所内は一転して深い静寂に包まれた。


「どうやらいないようだな。では、決まりだ。村長もそれでよろしいな?」


 しばしその静けさの中で村人達を見つめた後、ピエーラはそう呟くと、となりの村長にも一応、確認をとる。


「え、ええ。異端審判士様がそう言われるならば我々に異論はありません。はい……」


 すると、保守的で従順な村長パルトルフェは口をきくのもおこがましいとばかりの様子で、一も二もなく了承する。


「ま、待ってくれ! 俺が狼刑になったらアンヌはどうなる!? あいつは病気だってのに……あいつには俺しかいねえんだ!」


 予想もしていなかった最悪の事態に、リュカは慌ててピエーラに自らの家庭の事情を訴え出るが。


「問答無用。本異端裁判は狼刑と決した。それも今回は特別な・・・狼刑だ。私ももともとは貴様が先程辱めた魔法修士の出身なんでな……」


 ピエーラはそれも無慈悲に一蹴するとそんな意味深な台詞とともに、カン…! と結審の木槌を勢いよく机の上に振り下ろした。

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