師弟に始まり、師弟に終わる。

にのまえ あきら

プロローグ


 師匠の言うことは絶対である。

 

 これは、ヴィルが師弟契約を交わした時に『死んでも守れ』と師匠せんせいから言われた約束事の一つだった。

 理不尽の極みだ、とヴィルは思った。

 自分はこれから神話に勝るとも劣らない大冒険をして救世の大英雄になるというのに。

 どうして他人に縛られなければならないのか。

 そんなことを言えば、師匠は『百年はえーよバカ』と笑った。

 ヴィルはそう思わない。

 この広大な世界は、いくら生き急いでも生き足りない。

 そう思いながらも、決まりだからと従った。

 そうしなくては生きていけなかったから。

 ただ、そうすると全てが上手くいった。

 未来予知の《アビリティ》でも持っているのでは、と半ば本気で疑ったほどに。

「僕も師匠みたいになりたい」

「師匠的にはこんなダメ人間になって欲しくないなぁ」

「違う! “最強”になりたいって意味だ!」

「師匠的には無敵になって欲しいなぁ」

 いつだかそんな気の抜けた会話をしたこともある。

 端的に言って尊敬していた。

 この人についていけば、もしかしたら自分も“最強”になれるかもしれない。

 ――――そう思っていたのに。

 

 

「逃げろ、ヴィル。こればっかりは無理だ」

 先ほどまで自分たちを照らしていたはずの月明かりが、どこにもない。

 幾重にも連なる黒色の波濤がすぐそこまで迫っていた。

「なんでだよ……一緒に帰ろうって言ったばっかだろ⁉︎」

「無茶言うんじゃないよ。これが見えないのか?」

 苦笑しつつ、前にいる師匠があごで示した先にあるのは圧倒的な闇、闇、闇。

 新月でも、ここまで濃い闇にはならないだろう。

 それはまるで、そこから先の世界が存在していないようにも見えた。

「なんで、こんな……」

 簡単な依頼クエストのはずだった。

 実際のところ、依頼クエスト自体はすぐに終わって帰路についていた。

 そうして戻ったなら、【勇者隊選抜】のために王都へ旅立つはずだった。

 それなのに、突如としてが夜闇の中から現れた。

「ま、〈黒の侵蝕こいつら〉が相手じゃあ仕方ないさ」

 ――――〈黒の侵蝕ボルボロス〉。

 四年前の悪夢の再来だった。

「ってことで悪いね、また今度だ」

 目の前に迫るそれらを己の《アビリティ》で押し留めながら、師匠は平時と変わらぬ素ぶりで笑って己の持っていた武器をヴィルへ向かって放る。

「ふっ、ふざけんな! そんなの……っ⁉︎」

 反射的に武器を受けとったヴィルは言い返そうとして、気づく。

 師匠の瞳に宿る光は穏やかで、けれど激甚。

 もう完全に覚悟を決めているのだと、目を合わせただけでわかってしまった。

 これ以上は、侮辱になる。

 そう判断したヴィルは涙をぬぐい、意を決して踵を返した。

「……約束だぞ。絶対だ! 絶対に戻ってきてくれ!」

「ああ、約束だ。そっちこそ忘れてないよな?」

「当たり前だろっ!」

「ならいい。――いけ!」

「……っ!」

 それを最後のやりとりとして、ヴィルは夜闇を走り出した。

 満月の夜、狂いそうなほどに美しい千本桜の加護道を駆け抜ける。

 花弁の敷かれた坂を越え、二人を暖かく出迎えてくれるはずだった街灯りにめがけて。

「ああああああああああああああああっっっっっっっ!」

 せぐりあげる感情から、叫び、吼えて、泣きながら走った。

 鼻をくすぐる桜吹雪は、師匠せんせいと同じ匂いがした。

 

 

 四二五年。某日・未明。

 ガルジャナ山・魔境連野方面の麓にて〈黒の侵蝕〉が発生。

 その際、依頼より帰還中であった冒険者二名が接触した。

 内一名は帰還。もう一名は未だ行方不明であり、捜索続行中である。

 

 

 グレイ王朝歴四二一年に起きた【大侵蝕】以降、王国内では偶発的に〈黒の侵蝕〉が発生するようになった。

 発生地点の予測や時刻の予知も行えず、魔法使いでない限り決定的な対処を取ることが極めて難しい〈黒の侵蝕〉は逃れ得ぬ魔象災害として人々を恐怖に陥れた。

 けれど、それでも時は進む。

 人々は何度でも立ち上がり、復興を進めていき、失った日々を取り戻さんと手を取り合って進んでいく。


 そうして五年が経った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る