第5話 祭りと夜と諭吉


 私たちは賑わう祭り会場の真ん中を掻き分けて境内のお賽銭の前まで来ていた。


「えぇっと、ひかりは何円入れる?」


 と横に立つひかりの手元を見ると今にも諭吉を入れようとしていた。

 ん?……諭吉ィィ⁈


「ちょ、ちょちょちょっと!待ってひかり!」

「な、何よ?こういうのって高い方がご利益あるんじゃないの?」

「高いとかそういう問題じゃないから!諭吉入れる人はいないよ普通‼︎」

「そ、そうなの?いや、でも私今日は1万円札しか、無いし」

「常識はずれ過ぎるからそれ‼︎」


 しょうがないので5円をひかりに渡し、私は5円を賽銭箱に投げ入れた。


「ほらひかり、今みたいに入れればいいから」

「う、うん」


 勝手な想像かもしれないが、ひかりは意外とお嬢様気質だった。


「世間知らずで悪かったわね」


 賽銭が終わった後の帰り道でひかりは不貞腐れながら言った。

 別に責めては無いのに。


「私、小学5年まではイギリスで住んでたから日本の文化に疎いのよ」

「そうだったんだ。でも何でイギリスに?」

「お母さんがイギリス人だったから。さっきも言ったけど、ちなみにこの髪はお母さんからの遺伝」

「へぇ、お母さんが」

「でも日本の金髪のイメージはあんたが感じたようにあんまり良く無いから……」

「ひかり?」

「もう染めちゃおっかなって」


 ひかりは髪をクルクルと弄りながら物哀しそうにそう言った。

 私の目にはその黄金が眩しく見えた。

 私が抱いていた、依存していた想像とは真逆のなにか。


「……ひかりがそんなに気にすることないと私は」

「なーんてっ!……お母さんがくれた大切なこの髪を無碍に扱うわけないでしょ」

「……うん。そうだよね」


 波の音が聞こえる。

 二人の静寂を彩る様に、行ったり来たり行ったり来たり。

 先程まで薄暗かった群青は、既に暗闇に包まれていた。

 私はすっかり忘れている。

 自分が本当は人と話せないという事、辛く胸がキュッと締まる過去、手に触れた氷の様な凍てつき、その全てが今この瞬間は私の中で存在していなかった。

 でも現実はいつか戻ってくる。

 そんなのは百も承知だが、今、この時だけはこの心地に浸っていたいと、心から願っていた。


 ✳︎

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