第3話 木更と雪


 木更を失ってからの私は時間の流れがわからなくなっていた。

 目が覚めたらまた寝ていて、起きる気力もない。

 食事も、水分しか取ることはなく、部活で培った血と涙の結晶とも言える『筋力』や『ボディーバランス』はどんどん衰えていった。


 そしてそれが限界を迎えた日、私は、カッターを握っていた。

 かつての私にとって、生きるとは木更と一緒にいる事だった。

 苦しみ悩んでいた私を救ってくれたのが何者でもない、木更だったから。

 彼女のいない人生、そんな人生はもう、私にとって何の意味も為さない。


 左手に握ったカッターが、カタコト……カタコト……と震える。

 右手に刃を置いた時、その冷ややかな感触が、木更の元への一途を応援しているかのようにも感じられた。


「私も今から、そっちに……」


 ……行けなかった。

 情けない……全く情けない。

 私は死ねなかった。

 カッターの冷たさより、流れる涙の暖かさが生きている心地を思い出させてしまったからだ。

 カッターはゴミ箱に捨てた。

 包まっていた毛布から抜け出し、キッチンへ行くと飯盒に炊いてあったご飯を飯盒ごと持ち出し、上から生卵と醤油を落として口にかきこんだ。


 漫画とかであるガツガツという効果音が似合いそうで、とても女子中学生とは思えない絵面だったような気がする。


「木更……私は軟弱者だよ……っ」


 何度も、何度も何度もそう言いながら卵かけご飯を口にした。


 ✳︎


 一時はメンタルが崩壊したものの、その一件から多少立ち直り、今、私はこの田舎にいる。

 新しい自分を探すために。

 しかし私は、一つのハンディを抱える事になってしまっていた。


「ねぇ、雪ちゃん、晩御飯は何がいい?」

「……」

「あっ、ごめんなさい。えーっと、ハンバーグでもいいかしら?」


 コクリと頷く。

 そう、今の私は頷いて答えることしかできないのだ。

 ある日、私は目がさめると口を動かして声を出す感覚が分からなくなっていた。

 私はストレス性の失声症になっていたのだった。


「雪ちゃん、困ったことがあったら何でもこの手紙に書いて伝えてね」


 コクリ。

 さてと、晩御飯までに何をしようか。

 私はキャリーの中から荷物をベッドの上に出した。

 取り敢えず荷物の整理をしよう。


 ✳︎

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る