第2話 君と見た海


 あれからだいぶ月日が経った。


 私はバスケを辞めて、メンタルの療養の為に人との接触など、ストレスのかかる事が少ない田舎の実家で住むことになった。

 高校はその近くの高校へ行くことが決まっている。


 電車に揺られながら、田舎へ近づくに連れて段々と人が降り、少なくなるの

 を感じ、自分が向かっている田舎が如何なものか察しがつく。

 結局、降りる時には私一人だった。

 駅を歩いていても、まるで人気が無い。

 駅の出口には一台の軽トラが停まっていた。

 そこから出てきた祖母に手招きされ、わたしは自慢の馬鹿力で荷台にキャリーバッグを載せ、軽トラの助手席に乗った。

 相変わらずの老眼鏡と白髪染めした髪。

 元気そうで何よりだ。


「久しぶりだねぇ、元気にしてたかい?」


 私はコクリと頷いて答える。


「今日の晩御飯は何がいいかねぇ」


 そういえばもう日が暮れ始めていた。

 夕日は既にあの広大な海へと半分沈んでいる。


「雪ちゃんの部屋は二階だから。着いたら荷物を運びなね」


 再び私はコクリと頷く。

 そして会話……いや、祖母の一方的な話しかけはそこで終わった。

 田舎の静謐さの中に車のエンジン音だけが響いていた。


 ✳︎


「只今戻りましたよー」


 祖母はそう言って玄関を上がる。

 私は到着と同時にさっき荷台に積んだキャリーバッグを取り出し、二階へと床に付けないよう運ぶと、部屋の中へ横にして置いた。

 カーテンで閉ざされ、真っ暗な一室。

 電気をつけようとすると、二階に上がって来た祖母がそれを止めた。


「カーテンを開けてごらん」


 そう言われ、私はカーテンを開くとそこには——夜の群青が広がっていた。


 目の前に広がる海と月光のコントラストは心の中の蟠りを全て取り払うくらいに爽快なものだった。


「こうやってここから海を見るとねぇ、生きている事ってのがどんなに幸せかわかるんよ」


 生きて……いる事。


「命無くしてその目は見えず、その口動かず、その耳聞こえず、ってね」


 それこそが、生きるって事だよね。

 私は私が過去にした事を思い出していた。

 その時、頰を何かが伝った。


「おやおや、泣いちょるんかね?」


 あの群青の所為でくしゃくしゃな私の顔が窓ガラスに映し出される。

 しかし私は流れるその涙に触れず、その群青を見続けた。

 生きていることを、ずっと感じていたいから……ずっと見ていた。


 ✳︎

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