帰り道

東江とーゆ

帰り道

 佐藤くんは、何か頼りない。


 浮ついていたり軽薄な訳ではないが、ボンヤリしていたり考えていることがズレていて、頼りないのだ。

みんなの空気を読んだり、周知の事実といった事柄に関心が薄い、興味がないというよりは、気づいていない。


 大人しいから掃除を押しつけられたりもしていたが、押しつけられても忘れて帰ってしまう。押しつけた方は激怒するが、佐藤くんは真面目だし、他人の悪口も言わないから、周りも庇ってくれる。

 それに、そもそも佐藤くんは自分の掃除当番も忘れて帰ってしまうくらいだから、すっぽかされて激怒した人も、佐藤くんに頼んだ自分が馬鹿だったと、遠回しに佐藤くんに嫌味を言って怒りを宥めていた。それにしたって、佐藤くんはきっと、その嫌味を判っていないのだ。


 たまに、佐藤くんは在らぬ方を凝視している時がある。何かを見ているようにも思えるし、ただボーっとしているようにも思える。

先生や先輩などには、決まってこういう時に怒られている。

そんな佐藤くんとわたしは付き合っている。


わたしと佐藤くんは同じ文芸部で、クラスは違っていた。

彼と同じ中学だった女子とわたしは同級生になり、その子からいろいろ佐藤くんのことは聞いていたのだ。


 わたしは正直、大人しいタイプの男の子は苦手だ。そういう子が嫌いという訳ではなくて、寧ろ好きになるタイプは、真面目で大人しい子が多い。

今だから言うが、佐藤くんはわたしのタイプだ。

タイプの男子が苦手なのには理由がある、それはわたしの性格だ。


 わたしはズケズケとした物言いをするタイプの女子だ。女子にも男子にも、かまわず口調を変えない。

こういう女子は一部の女子から嫌われる、嫌ってくる女子は自分の意中の男子と軽々しく話すわたしが許せないのだ。

決まって、わたしを嫌う女子は女子同士で徒党を組んで陰でわたしの悪口に花を咲かせる。

彼女たちの脳内では、わたしは男なら誰にでも股を広げるビッチに映るのだろう。


 話がズレて、愚痴になってしまった。話を戻すと、わたしはズケズケと言ってしまうタイプだから、大人しい男の子たちは、わたしを怖がってしまうのだ。

つまり好きなタイプと、わたしは相性が悪いのだ。

友達みたいな男子から告白もされたが、そういうタイプの男子は、いわゆるリア充タイプで、わたしの眼中になかったし、先ほど話した女子が好きになるタイプの男子たちだから、下手に付き合えば、わたしの学園生活が危うくなる。

嫌味に聞こえたら、ごめんなさい、わたしはモテるけど、誰とも付き合ったことがなかった。


 だから、佐藤くんから告白してこなければ、わたしたち2人は恋人同士になることはなかったと思う。


 わたしたちは文芸部の活動の後、いつも2人で帰っている。

付き合う前は、他の部員も一緒だったのだが、みんな気を利かせて2人にされてしまう。

何時も帰り道は、好きな小説の話が多い。

 2人とも音楽は聴かない人たちだった、他にTVも映画もほとんど見ない。原作を知っているドラマやアニメを見たことはあるが、読んでいた時のイメージの差に耐えられず見れなくなってしまった。

反対に映像化で先に作品を知ってしまうと、そのイメージに引っ張られて小説を楽しめなくなってしまうので、こちらも無理。

 部活の仲間たちからは、世界が狭いとか、感受性がないとか好き放題言われている。それも判るのだけど、無理なものは無理。

いつかは、いろいろなものを受けいれて楽しめる人になりたいとは思うけど。

佐藤くんは付き合う前に、そんなみんなの意見を聞きながら「加納さんは、感受性が鋭いから、いろいろは受け入れられないんだよ」とフォローしてくれたのを覚えている。


 だからなのか佐藤くんは小説の話題を多く振ってくれる、でもその日は珍しく小説の話題ではない佐藤くんの一言から始まる。

「僕には幽霊が見えるみたいだ」


 って佐藤くんが真顔で言うから、わたしは露骨に嫌な顔をしてしまった「あっごめん」と咄嗟に彼は謝ってきた。わたしの顔色は大分読めるようになってきた。


「何、幽霊って?」わたしは食い気味に言い返す。

「えっ?亡くなった人の霊?」

そういうことではないが、まあいいか。

佐藤くんは話し続ける。

「霊っていうのは、見えなかったり判らないものを表す記号だって聞いたことがあるけど、だから死んでしまった人が、見えないけどいる、どうしているかは判らない、それが幽霊ってことじゃないかな」


「じゃ佐藤くんは、その見えない幽霊が見えるのね」


「だって、今通り過ぎたのに加納さん見えていないから」

わたしは佐藤くんの言葉にゾッとして、思わず振り返る。


 振り返ってわたしが見た風景は、何時もの通い慣れた通学路。陽が傾き薄暗くなった住宅街の路地は、電柱に備え付けられた外灯に照らされていた。

でも幽霊はいない、誰もいない。

人がいれば、人に見えて実は幽霊という展開があったかも、でも佐藤くんと、わたしの2人しかいない。

いないから、わたしは佐藤くんを責める。

「何もいないじゃない、何処にいるのよ?」語気を強め怒鳴る。何言ってんのコイツ、気持ち悪い。


「もう、いないな」佐藤くんは少しわたしに怯えながら、愛想笑いをする。


馬鹿にしているのか、都合よく居なくなるなんて。

「いいわよ、仮に見えたとして、幽霊を見たとしてよ、何でそれが死んでいるって判ったの?」


「あっ、加納さんは見えてなかったからね」今気づいたみたいな顔を佐藤くんがした。


何かムカつく顔だ、引っ叩きたい。

「何よ、足でも無かったの?幽霊は」思わず顔を突き出して、佐藤くんに詰め寄る。


佐藤くんは、困った顔で答える。

「だって首がないのに生きている人なんていないだろ?」


 コツコツと足元に何かが当たる、ゆっくり目線を向けると、女の生首が恨めしそうに、わたしを睨んでいた。


わたしは、足が縺れて転んでしまう。


わたしの目線が低くなったので、地面に野晒しの生首の顔が先ほどより、よく見える。

見たことがない顔なのに、睨んでくる目には見覚えがある。


 顔はたぶん女で、長い髪を垂らして顔立ちはハッキリ見えない。なのに睨んでくる目だけが、鮮明に理解できる。


「加納さん、大丈夫?」

ビックリするくらい他人事の声で、佐藤くんは心配してくれた。


「見て判るでしょ」ヤバいくらい怒鳴った。

佐藤くんは目を丸くして、抱き起こそうと手を差し出す。

見て判っていない?

わたしは佐藤くんの手を跳ね除けた手で、生首を指差す。

「あっちでしょ」


佐藤くんは生首とは少しズレた方に数秒視線を向けると、何もなかったように振り返り。

「何が?」と言った。


言ったな、佐藤、このヤロウ。

佐藤くんは生首が見えていないのだ。

嘘つき幽霊見えるって言ったでしょ。いやきっと身体は、首のない身体は見えていたのだろう。

恋人同士だからって、見えるのも半分こなんて聞いてない。


 わたしは自分で立ち上がり、生首を睨みつける。

怖いけど慣れてきた、生首の幽霊の目を見た時に感じた既視感の理由を考える。

「佐藤くん、首のない幽霊って男?女?どっち?」


「えっ?たぶん女の人だよ、うちの学校のセーラー服着ているから」


 同じ学校?学生?わたしは既視感の正体を思い出すと、強引に佐藤くんを引っ張って、抱きつく。

「これは、わたしのものだ、お前にはやらない」

生首に向かって大声で言い放つと、より強く佐藤くんを抱きしめた。


びっくりする佐藤くんを、わたしは無視する。わたしは生首を睨みつける、生首の女は恨めしい目をして消えた。


 わたしが幽霊の目に既視感を抱いた理由は、それが、わたしに男を取られたと勘違いしていた女子たちと同じ目だったからだ。


「帰ろう」佐藤くんから身体は離れても、手だけは離さなかった。

「ねぇ、幽霊じゃなくて、死霊や亡霊が正しくない?幽って何よ」わたしは笑った。


----


 加納さんは何故か、機嫌が直っていた。

やはり幽霊が見える話はしない方がいいのかな。


先ほど、首のない幽霊がいた電信柱の影には、首が戻った女の子の幽霊が、まだ突っ立って僕に笑いかけていた。(了)

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